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砂糖づけランデブー  作者: 麦子
4/19

4.(続)お弁当冷ましますか?

2発でも3発でも殴っちゃって。

…ずっとさっきから、野上が来てからも泣いてばかりのあのおともだちの女の子の分まで。



「なんなんすか、俺あんたに何かした?」

「あたしじゃなくて、あの子だよ!見覚えないとは言わせないわよ」

「ん?…あー、ハイハイ。そういうことね」



修羅場の中心にいるというのに、いつもの飄々っぷりを崩さない野上は、椅子に座って鼻をすすっている女の子へと視線を向けて、すうっと、そこら辺の美少女よりもかわいらしい二重の瞳を冷たく細めて、笑った。



「あんな大胆な行動とってたあんたが、たったのあれだけで、傷ついちゃったんだ?…オモシロイな?」



ついに女の子は、真っ赤になって顔を俯かせる。いくらなんでも言い過ぎだよ、と言い掛けてやめた。ちがう、野上はもともとこういうやつでもあるんだ。でも、表面ではそんな素振りまったく見せないから、野上の外見しか知らない女の子たちはコロッと騙されちゃうのだ。今の、この子みたいに。



「ふざけんなよ野上!あんたの、あの一言でどんだけこの子が傷ついたと思ってんのよ!」

「ひどいよ…野上くん…、わたし、わたし…あんなことするつもり、まったくなかった、のに…」

「へえ?じゃあ、どういうつもりで俺にホテルはいろうって言ったわけ?」



ここまで聞いて、なんとなーく話の流れが分かったような気がして、耳を両手で塞ぎたくなった。やめてよ、そんな色っぽい会話を弁当屋で繰り広げないでよ。まだ大人の時間には、早い時刻だよ。ここまでくると、ただの営業妨害だよ。



「俺は、ただあんたがしようと思ってたことを先回りして行動に示してやっただけだよ?」

「…そんな、ひとだと、思わなかった」

「俺は、最初から“そういう”男だよ?」



野上が笑う。いつも見せる王子様みたいなかわいくてかっこいい微笑みとは、まったく別の、やさしさのこもっていないひとを見下すような氷の微笑みで。野上の胸ぐらをずっと掴んでいた女の子が乱暴に手をはなして、真っ赤に塗られた爪を尖らせたまま野上に向かって、つきだした。その拳を、パシリと容易く片手で防ぐ野上のこの反射神経の良さは、きっと何度もこういう経験してきたからこそ身に付いたのだろう。たまには、素直に殴られろよ。



「信じらんない!そうよね、あんたが中身も王子様気質だったら、この子にあんなヘンタイ発言しないわよね!」

「ヘンタイ発言って…何言ったのよ野上。ていうかそろそろお店混んでくる時間なんで、このへんでお開きにしてほしいんですけど」

「杏ちゃん、聞いてよ!このサイテイ男はね…」

「いやだからですねお客様…」

「あのね、白雪聞いて」

「なんだよ、野上まで!」



右には怒り狂いながらわたしの腕をぐいぐいと引っ張る女の子、左にはちょんちょんとわたしのエプロンを引っ張る野上。またもや真ん中。これが、わたしの定位置だとでも言いたいのか。今日、何回目かになるため息をついたところで、わたしのからだが左へと傾いた。首に回される腕に、うぐっと変な声がでた。どうやら力比べは王子様の勝ちだったらしい。耳元で、野上が内緒話するみたいにこそこそと声を潜めてはなしだす。



「あのね、白雪」

「なんだよ…もう」

「さっさと服脱いで、足ひろげてみなよ。得意なんでしょ、おねだりするの」



日常生活とは、かけ離れた聞き慣れないことばの意味を理解するのに20秒ほどかかった。野上がわたしの耳元で囁いたそのことばを、今度はピアスの女の子が大声で一語一句間違えずに言い放つ。暖簾で区切られたお店の奥のほうで、ガシャーンと調理器具が床に落ちる音がした。多分、お父さんだろうなあ。立ち聞きしてたのバレバレだよ。



「ね!?最低でしょ、こいつ!」

「なに言ってんすかオネーサン。純情ぶって近付いてきたそっちのアバズレのほうがよっぽど最低でしょ」



わたしの首に腕を巻き付けたまま、とんでもないサイテイ発言を連発する野上の頭にげんこつを一発落としてやる。「なにすんだよ」と野上の頭がモゾモゾとわたしの首元で動いていたと思ったら、仕返しだと言わんばかりにガブッと耳たぶを噛まれた。油断も隙もないこのヘンタイ男の頭上に、タライでも落としてやってくださいお空の上のおじいちゃん、おばあちゃん!



「俺、今腹空きすぎてイライラしてんだよ。…何かに噛み付かないと落ち着かない」

「野生の犬か、あんたは!」

「うん、そうかも」

「…そうだよ、わたしはただのアバズレだよ!」

「えっ?」



いきなり、椅子から立ち上がって声を張り上げたのは、今の今までめそめそ泣いていたはずの女の子だった。キョトンとするわたしたちに分かりやすく舌打ちをした彼女は、くずれかけていたつけまつげをベリッと勢いよくはがして床に叩きつけた。しおらしい印象はどこへやら。ふわふわの髪の毛をばさりと掻き上げながら、野上に負けず劣らずの辛口なセリフを吐き出していくその子に、圧倒される。…ほんとうに、純情のフリしてただけなの?



「たまには王子様みたいなイケメンと甘い時間が過ごしたかっただけなのに…この男、甘さのかけらもないじゃない?まじ騙されたってカンジよ。わたしの涙とときめき返しなさいよ」

「お客様…あの、落ち着いて…」

「大福餅は黙ってて!」

「大福餅…」

「ぶっ」

「そこ、笑うな!」



大福餅に爆笑している野上を睨みつつ、わたしは真っ赤な目を三角にして地団駄する女の子の言い分に耳を傾ける。そのうしろでは、すっかり戦意喪失しているピアスの女の子が、あっちゃーと額に手を当てていた。先程までの威勢の良さはどこへやら。わたしと目が合うと「ごめんね、あの子暴走すると止まらなくなんの」と申し訳なさそうに両手を合わせてくる。



「どうせわたしは股の軽い女ですよ!でも、好きな男にだけ!だから、誘ったのよ!ちゃんとあなたのこと好きだったの!」

「でも俺は、好きじゃないよ?」

「そんなの最初っから分かってたよ!つか、今十分すぎるくらい分かったっつーの!わたしの目の前で見せ付けるみたいに、あんな分かりやすく杏ちゃんとイチャイチャしてたら、いくら諦めの悪いわたしでも諦めるしかないっつーの!」

「野上とわたしがイチャイチャ…?いや、それ何かの間違いじゃ…」

「白玉団子は、口挟まないで!」

「白玉団子…」

「ぶふっ」

「おい笑うなよ、そこの元凶」



結局、最後の最後までお弁当を買わずに、涙のアトと乾いたつけまつげだけ残していった女の子たちは、嵐のように去っていった。「末永くお幸せになっ、あばよ!」という、なぞの捨て台詞を残して。



「あー…やっと終わった。大福もち…あっ、間違えた、白雪、弁当まだー?」

「はい、チーズたっぷりハンバーグ弁当です450円になりますさっさと帰れこのサイテイヘンタイ男」

「すげー、息どこでしてんの白雪。ほい、お金。んじゃあなー、また明日来るわー」

「もう当分こなくていいよ、ばかっ!」



ホカホカなお弁当を片手にぶら下げて帰っていく背中に向かって、おまけのインスタントお味噌汁の容器を投げつける。振り返らずに、ぱしっとその容器を受け止めた野上はそのまま余裕綽々な足取りで人ごみの中に消えていった。


お買い上げありがとうございました。またのお越しを、二度とお持ちしておりません。




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