2.かわいいひと
自慢じゃないが、昔から俺の周りには勝手に女が寄ってきた。まるで、蜜を求める虫のように。しかし俺にはどうでもいいことだった。知識や経験ばかりが成長していって、マトモな恋愛なんてしたこともなかったし別にしたいとも思わなかった。“好き”って感情も、あまりピンとこなかったのだ。
あいつに出会うまでは。
大学からの帰り街。紅葉した木々と夕暮れの空を見上げて、ひとつ息をはいた。先程からしつこく鳴り続けているケータイが、いい加減うざったくなって、仕方なしに通話ボタンを押した。デンワの相手は、大学のゼミがいっしょというだけの知人だった。
「なにー?俺これでも忙しいんだけど」
『野上ー…頼むよー…お前が来なくちゃ始まらねえんだって!むしろ終わるんだよ、オレらの恋の出会いが!』
「おおげさだな。ただの合コンだろ?そんな出会い系には、まったく興味ないんで俺。じゃ、切るねー」
『えええええっ。ちょ、待て待て野上…いやっ野上さまっ!いいじゃんかよおっ、お前も今彼女いないんだからさあっ』
「でも俺、好きな子いるから。じゃっ、今から行くところあるんで、切りまーーっす」
『あっ、野上、ちょっと待っ、』
まだなにかごちゃごちゃ言ってくるケータイからのダミ声を遮断して、電源をオフにする。興味ないって言ってんのに。おおかた、俺をエサに女の子を釣るつもりだったのだろう。ばかだなあ、俺そんなにちょろくないし安くもねーよ?
俺のことを好きになってくれる女の子なら、そんな見せかけだけのコイゴコロを探したり、渇いたカラダを潤そうとしている場所になんか赴かなくったって、どこにだっているだろうし。自慢じゃないよコレ、俺の今までの人生経験論だから。
そんなのいらない。俺がほしいのは、たったひとりだけ。
「…見ーつけた」
ぼんやりと、洋服屋のショーウインドウの前に突っ立っている着膨れした女の子の姿が、きらきらと俺の乾いた瞳に映りこんだ。自然と、口元がやわらかくなるのがわかった。必要以上に着込んでいる彼女は、鼻を赤くして両手には重そうな荷物をぶら下げている。見かけを裏切らない力持ちっぷりである。まるまるとした背中を見ていると、思わず蹴りをいれたくなる。…ぎゅっとしたくなる。
相変わらず、露出度ゼロの色気のない格好。唯一露出を期待していた白い首筋は彼女のお気に入りの雲みたいなモコモコなマフラーで隠れてしまっている。そんなあいつの視線の先には、いかにも女の子らしい清楚で高そうなワンピースが飾ってあった。
…からかいたくなる、そんな彼女の姿がかわいくて。そんなのより、俺のこと見てほしいと思う。あの恍惚とした目で。
声を掛ければ、これまた分かりやすくしかめっ面された。もう慣れっこだ。
ふと、こんなに完璧に着込んでいるのに、エコバッグを持っている両手だけは素肌なのに気が付いた。変なところで無防備なのが、こいつの悪いところだ。
でも、そんな彼女に付け込んでちゃっかりと手を繋ぐことに成功した。つめたくてやわらかい手。あー、このままでいたい。
「野上はやっぱり男の子だね」
「は?なに急に」
「手がちゃんとおおきいから。ほねほねしてる」
「白雪の手はぽにょぽにょしてるよな」
「うるさいな!どーせわたしはぽっちゃりぼってりしてますよ!」
「でも、やわらかくてきもちーから俺は好き」
「はいはい、そうですか」
こうやって、たまに甘い気持ちを曝け出してみるけれどこいつにはまったく効果ゼロ。高校生のときから、1ミリも変わらない彼女のこの態度。何回好きだとことばにしても、彼女にはいつまでたっても伝わらない。…もう慣れっこだ。“わたしには色恋沙汰なんて縁がないから”みたいなこの冷め切った反応も、こいつの鈍感さ加減も。
「あ、野上」
「んー」
「頭に葉っぱ、乗ってるよ」
「そうなの?じゃあ、とって」
「はいはい」
なんにも分かってないかおして、俺の屈んだ頭に触れるやさしい手つきに、やさぐれていた気持ちがくにゃりと曲がってとけていく。ほんとうは、今すぐにでも分からせてやりたい。こんな距離で間抜けに笑うこいつを、ひっ捕まえて押し倒してぐちゃぐちゃに泣かせてやりたいやらしい思考回路でいっぱいの俺のこと。…そうだよ、男の子だよ。お前が思ってる以上にな。
「はい、とれたよ」
「ドウモー」
「なにむくれてんの?」
「白雪のせいデス」
「ひとのせいにしないでよ」
俺には、高校生のときから好きな子がいる。そのときからずっと見てきた、ずっと彼女にだけ恋してきたのだ。不毛に何年も。懲りずに4年間も。いつだって、俺には見向きもしないで道端に咲いてる花なんかを見て笑ってるあいつに、片想いしてきた。
その経緯については、また追々語っていくことにしよう。
「白雪、またちょっと太ったんじゃない?」
「ちがう!着膨れしてるだけ!」
「うわ、自分で暴露しちゃってるし」
「うっ、うるさいな!ほっといてよ!」
とにもかくにも、俺は今日もこの雪だるまちゃんが好きなことを実感するのです。本当に、かわいくて困る。羽交い締めしたくなるほどに。