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砂糖づけランデブー  作者: 麦子
18/19

18.王子様、かく語りき1/彼はまだ恋を知らない

とくべつなことなんてなにもなかった。ただゆるやかにかくじつに、きみのことを知っていっただけ。

「好きです」ってことばを聞くたびに思う。まるでハンバーガーを買うときにセットで注文するポテトみたいな響きだなって。

女の子たちは口を開けば、俺のことをすぐにすきだのだいすきだの言ってくるけれど、要は見てくれしか見えていないのだ。例えるならば、ジャンクフード店の一番人気メニューを考えなしに真っ先に選んでしまうような頭カラッポのくそつまんねえ客といっしょ。…おっと、失礼。口がすべりました。訂正させていただきます。そういった好奇心旺盛なお客様とさして変わらないじゃねーかもっと考えてから決めろよコノヤロウと考えてしまうわけです。


俺と“すき”はセットじゃねーよ。すき以外に他にもっと言うことはないんですかそうですか。悪いけど、愛の告白とやらは数え切れないほど言われ慣れてるので今さらときめきも感動も赤面も忘れてしまうほど、ドライになっちゃってるんですよね。だからあなたとはお付き合いしてもなんのメリットも生まれないしキスとかハグはできてもそこに感情はありませんよ。あなたのことを好きになる努力もきっとしません。こんな僕ですが、それでもあなたは僕と恋できますか?



「野上くん、好きです。今すぐわたしのこと好きになってとは言わないけど、いつか好きになってほしいです。つ、付き合ってくれませんか?」

「うん、別にいいよ」

「あっ、ありがとう!うれしい!」



……以上のことを直接言うのは面倒くさいので、腹の中におさめておく。俺のこと好きになる女の子って、みんな見る目ない。退屈だなあ、とあくびを噛み殺す高校一年。初夏。

あの頃の自分は今よりもさらにひねくれた性格をしていて(友人談)、好きという単語に対して軽いノイローゼ状態だった。告白を断るのも面倒くさくなって、3つ上の姉に相談したら「えっ、いいじゃんハーレム!モテてる内は遊んどけ遊んどけー。欲望のままに生きろー」と我が姉ながら最低の助言をいただいたので、それを実行したら更に面倒くさいことになった。自業自得だろ、と友人に呆れられたが全くその通りだ。もう金輪際、姉に相談するのはやめようと心に誓った。



そんな俺の前に現れたひとりの女の子は、一番人気メニューを差し置いて単品のサラダだけを恥ずかしそうに頼んでしまうような、文字通りの珍客だった。





白雪と話したのは、図書室がはじめてじゃなかった。確か4月の半ば頃にやけにしつこい上級生を黙らせるためにキスをしていたまさにそのとき、ばっちりと目が合ったのだ。

口を半開きにさせて、俺たちのことを傍観していた白雪が面白くってちょっとからかってやったっけ。

その印象もあってか、二度目に白雪を見かけたときはすぐに誰か思い出せた。



気まぐれで立ち寄った放課後の図書室。人気のない空間にひとりだけぽつんと椅子に座っている女の子の後ろ姿。俺が近付いても気づきもしないその子は、熱心に窓の外を眺めていた。真似るようにその視線の先を見れば、美術室で生徒と話すとある先生の姿が見えた。

…ああ、成る程。なんて分かりやすい。

試しに、おーいとかもしもーしとか声をかけてみたけれど彼女の横顔はこちらへと向くことなく、いつぞやのように間抜けに開いていた口をきゅっと固く結んだままガラス窓の向こう側、声も届かない相手を夢中で見つめていた。



「あんた、あいつのこと好きなの?」



図星をつかれて、彼女の頬が柔く染められる。ああ、成る程。やっぱり、分かりやすいなこの子。



それが、白雪杏子をきちんと認識したきっかけ。




「ねー、白雪ってお母さんなの?」

「…野上みたいな性格ねじまかった息子生んだ覚えないんだけど」

「だってさー、俺のトモダチが言ってたよ?白雪は3組みんなのお母さんだって。すげーな白雪、大家族スペシャル出られるよ」

「それ褒めてんの、ばかにしてんの?どっち?」

「からかってる」

「今すぐ出てけ」

「えーやだよー。ここが一番冷房聞いてて涼しいんだもん。…だめ?」



白雪とおトモダチ(一方的)になってからというもの、図書室によく入り浸るようになった。追いかけてくる女の子から隠れるのにも丁度いいし、なによりここにいると煩わしいものがなにもなくて居心地が良かった。あと、白雪と話すのも、この子の片想いのはなしを聞いているのも楽しかった。さすが、お母さんと言われているだけあって、白雪のそばはなんだかほっとする。



「大体、なんであんた夏休みなのに学校来てんの?」

「んー?部活?」

「野上、部活なんて活動的なもの入ってたの!?」

「そんな驚かなくても。なに、意外だった?」

「だって、帰宅部かと思ってたから。…ちなみに何部?」

「天文部」

「……」

「ぷっ、白雪すげー顔。おもしろいから写メってもいい?」



いつだったか、女の子たちの間で俺が何部にはいるのか、何部が一番俺に似合いそうかという議論をしていたのを偶然耳にした。そんなはなしを聞いてしまっては、みんなの期待を裏切ってあげるのが筋というものだ。誰の候補にもあがらず、尚且みんなの反応が楽しそうな部活を選ばなくてはいけない。いや、あえて誰にも言わずにこっそり入部しといて後に暴露するのもいいかもしれない。



「…という結論を経て、俺は天文部に入部しました。正確には人数少ないから、愛好会だけどね」

「うわあ…野上…あんた…天の邪鬼だねえ…」

「へへっ」

「いや、褒めてないから。そんなうれしそうな顔すんな腹立つ」

「今日は学校で星観察するんだー。夜まで暇だからここで白雪をからかってるってわけ。どう?納得した?」

「わたしをからかうってところ以外はね。…でも、そっか。野上、宇宙とか星、好きだもんねえ」

「へ?」

「だって、よく天文系の本読んでるでしょ?だからかなあって思ってたんだけど違った?」



今も惑星の本読んでるじゃない、と手に持ってる本を指差されて、びっくりした。まさか見破られるとは。白雪は知り合ったころから、よく気が利く女の子だった。あと、お節介で世話焼きだから男子や女子に関わらず周りから頼りにされていた。それこそ、“お母さん”なんて女子高生にあるまじき貫禄のあるあだ名がつくぐらいに。

でも俺には普通の女の子にみえるんだけどなあ。なんでだろ、先生に恋してることを知ってるからだろうか?周りのことよりもっと自分のことを優先して動けばいいのに。今だってそうだ。トモダチの俺のことを分析してる暇があったら、大好きなセンセーとお近づきになれる作戦でも練ってればいいのに。…ばかだな、俺を喜ばせてどうすんだよ。



「……。白雪、俺のことよく見てんだね」

「そりゃ、これだけいっしょに話してたらね」

「…白雪、俺のこと好きなの?」

「は?寝言は寝てから言いなさいよ」

「ダヨネー?白雪ちゃんが好きなのは鈴村センセーだもんねー?」

「ちょっ、声が大きい!!」

「白雪の声も大きいけどね。いいの?外にいるセンセーに聞こえちゃうよー?」

「うっ…」



俺から窓の外へとプイッと視線を逸らした白雪の表情は次第にやわらかくなっていく。その視線の先には、花壇の花に水をあげている鈴村先生の姿。

…相変わらず見つめているだけか。



「あの人、なんで花に水やってんの?趣味なの?」

「園芸部の子が夏休み中来れないから代わりに世話してるんだって。職員室で話してるの聞いた」

「へー。てか、それなら園芸部の顧問がすればいいんじゃないの?」

「顧問の水嶋先生、夏風邪こじらせて入院してるんだって」

「ふーん…それでか。…お人好しだな」

「やさしいよねえ。…かっこいいなあ」

「……」



白雪は先生のことを話すとき、いつもよりお喋りになる。あと、すげーニコニコニヤニヤしている。それはもう楽しそうに身ぶり手振りをくわえながら、センセーセンセーとはしゃぐのだ。そのくせ、見つめているだけ。

俺の周りの積極的な女子たちを見習いなさい、とアドバイスしたくなるくらいに恋に対して控えめで臆病だ。うっとりとため息をついて、先生を見ている満足そうな白雪の横顔。なんだかじれったくて、思わず白雪の背中をちょんちょんとつついてみる。



「ん?」

「押し倒してみたらいいじゃん」



その一言に幸せそうだった白雪の表情がたちまち渋っていく。なんだよ、こっちは応援してやりたくて言ってあげてるのに。



「ねえ、なんでそんな極端な発言しかできないの?ばかなの?」

「ひでーなー。奥手な白雪にアドバイスしてあげてるだけじゃんかー。俺なりのやさしさデスヨ?」

「もっと普通のアドバイスにして。レベルが高すぎる」

「…レベルが、ねえ?ということは、いつか実行したいって考えてるんだー?ふーん?白雪えろーい」

「のっ野上の!そういうひとの揚げ足とるところすっごくキライ!」

「ありがとー」

「褒めてねーよ!!」



ぷんすかと怒る白雪に肩を掴まれてぐわんぐわんと揺れる視界、不意に中庭にいる鈴村先生と目があった。お、今がチャンスじゃねーの白雪。そう思って白雪を見ると、カチンコチンに固まっていた。仕方なしに、窓枠から身を乗り出して、俺から先生に手を振ってみる。



「鈴村センセー!こんにちはー!」

「はーい。こんにちはー。暑いのに元気だねー、野上くんは」

「まーね。センセーと違って若いからー。…ホラ、白雪。お前も手振って」

「…っ、え?え?」



石像のように動かなくなっていた白雪の頭に軽くチョップする。ハッとなって一度ぴくりと白雪の身体が跳ねる。そして恐る恐る、俺を見た白雪の顔は赤くなったり青くなったり、忙しそうだった。



「早くしねーと、会話終っちゃうぞ」

「でっ、だ、そん、な、む、むむむ、むりだ…よ…」

「がんばれよ。ほら、俺もいるんだから大丈夫だって」

「うう…でも…」



助けを求めるようにそっと俺の服の袖を掴んでくる白雪の顔は今にも泣き出しそうだった。まるで小動物みたいな震えように思わず頭を撫でてやりたくなるようなむちゃくちゃに苛めてやりたくなるような、妙な気持ちになったが今はそんなことはどうでもいい。緊張で真っ赤になっている手首を勢いよくガッと握って、無理矢理先生に向かって手を振らせてやる。ヒッと白雪が怯えた声を出した。



「白雪さんも、こんにちはー。今日も図書当番?毎日えらいねー」

「!!、はっ、あ、こんにち…は。あ、ありがとうございます…」

「センセー、俺も褒めてー」

「はいはい。ふたりともえらいねー。」

「じゃあ、なんか奢ってくださーい。俺、炭酸が飲みたいなー?」

「あはは、分かった分かった。買ってあげるから、下まで取りにおいでねー」

「はーい」



鈴村先生がくすくす笑いながら、自販機に向かって歩いていくのを確認して、掴みっぱなしだった白雪の手をゆっくりとはなした。へなへなとその場に崩れ落ちる白雪は湯気がでそうなくらい全身真っ赤っ赤。話しただけでこれだと先が思いやられるなと白雪の恋路を心配しちゃったりなんかして。俺ってば、なんてトモダチ思い。



「おーい、バテてる場合じゃないよ白雪。早くセンセーのところ行ってジュースもらってきてよ」

「え!?わたしが!?」

「当たり前じゃん。なんのために俺がセンセーにおねだりしたと思ってんの?」

「喉が渇いてたからでしょ?」

「…。それもあるけど」

「…野上、いっしょについてきてくれないの?」



またそんな不安そうかおして。…理由も分からずにソワソワして落ち着きがなくなりそうになる心臓を誤魔化すために、ぎゅっと白雪の鼻をつまんだ。



「ふぎっ」

「ふ、変な顔」

「いきなりなにすんの!」

「激励」

「はあ!?」

「頑張っていっぱい話してきなよ。俺、そのあいだ代わりにここで当番しててやるからさ。ちゃんとジュースもらってこいよー?」

「う、うん。い、いってくる」

「ん。いってらっしゃい」



ふらふらと立ち上がって、手と足同時に出しながら歩き始める白雪の後ろ姿はぎこちない。すげーな、恋って。片想いって大変だ。俺には当分分かりっこない世界だけど。



「あ、そうだ。野上!」

「んー?」

「…その、あんた割といいやつなんだね」

「えー?今頃?気づくの遅くない?」

「うん。だから、…ありがとう」



俺をしっかりと見て、振り向いた白雪が照れくさそうにふんわりと笑った。…不意をつかれて、きょとんとする俺にもう一度笑いかけてから手を振りながら白雪は図書室の扉を閉めて、小走りしていく。

ひとり残された俺はまたムズムズと沸き上がる変な感情が気持ち悪くて、両手で顔を覆ったのだった。




今思えば、困惑していたのだ。白雪の笑顔に。だってまさか、はじめてきちんとみたあの子の笑顔があんなにもかわいいなんて知らなかったから。

なんて、当時の俺は分かっているはずもなく、柄にもなく白雪がヘマしていないか心配でウロウロと図書室を歩き回って、帰ってくる足音を待っていた。




高校1年生。夏休み。見ているこっちが恥ずかしくなるような片想いをしている雪だるまちゃんに密かにエールをおくる午後。

恋なんて愛なんて、と愚痴っていた好きという感情すら理解できていなかったあの頃のどこまでも捻くれていたガキでばかな俺。




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