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砂糖づけランデブー  作者: 麦子
17/19

17.拝啓、恋敵さまへ

コイゴコロとやらをこじらせてるぼくらはきっと、最初から間違えてるのだ。

それでも落っことさないようポケットにしまったまま、上手に隠せた気になってるきみも、きみへの想いを晒け出しただけで飲み込めやしないぼくも、ああ、嗚呼、なんて愚鈍で情けなくて臆病なんだろう。

それでも、ぼくらはきっと、懲りずに恋をするのだ。笑ってしまうほど馬鹿馬鹿しいほどの。

制服着たあの子が背中を丸めて蹲っている。いつまでそっぽ向いてるつもりなんだよ。いつになったら、こっち見てくれんの。今にもするするととけだして消えてしまいそうな真っ白な制服の裾をつんと引っ張った。



「ごめんね、まだ好きなんだ」



そう言って振り返ったきみの胸元で揺れてる紅色のりぼんは、涙で濡れていた。





目覚めは最悪だった。なんだかとてつもなく後味の悪い夢を見ていたような気がするがもう思い出せない。夕方にうたた寝して見る夢なんて、ろくなもんじゃないな。



「野上ー、ケータイ光ってんぞー。電話じゃねーの?」



仰向けに寝転んだまま、ぼんやり天井の明かりを眺めていたら足を軽く蹴られる。だんだんと冴えてくる頭を軽く振るうと頬にケータイを押し付けられた。つーかさっきから、坂田のばか声がするんだけど、気のせい?



「気のせいじゃねーよ。お前よく他人の家で爆睡できるな…」

「んー…?ここ、どこだっけ…」

「俺の家だよ」

「ああ…どうりで貧乏くさいわけだ…」

「おいこら。この家を建てた俺のじいちゃんに今すぐ謝れ。むしろ坂田家に謝れ」

「素直でごめんネ」

「せめて気持ちこめろや!」

「あーもー…うるさいなあ。大体、炬燵がある坂田家が悪い。こんな冬の必須アイテムあったら、そりゃ居座っちゃうよ。うっかり爆睡もしちゃうよ。というわけで、俺に謝って坂田」

「なんでだよ!どんな屁理屈だ!」



寝苦しそうだからせっかく起こしてやったのに!、と騒ぎたてる坂田を宥めるように向かいに座っていた大学の友人Aである佐々木が「まぁまぁ、お茶でも飲んで落ち着いてください。」と湯気のたっている花柄の湯飲みを差し出している。てめえも寛ぎすぎなんだよ!勝手にお茶淹れてんじゃねえ!と坂田に八つ当たりされて頭を叩かれている佐々木の隣には、大学の友人Bである早乙女が気だるそうに携帯をいじっている。なんだこの空間、カオスか。

いまだにこの状況を寝起きの脳ミソで処理できないでいると、ストレスが溜まっている坂田がダンッ!と炬燵を蹴っ飛ばした。上に乗ってたみかんが何個かころころと畳の上に転がる。



「お前らもう帰ってくんない!?何が悲しくて男同士で暖をとらなきゃいけないわけ!?どうせなら、彼女と暖とりたかったわ!」

「暖をとるなんていうのはただの口実だろうが。本当はえろいことしか考えてないくせにな。あーあー、ウッゼー別れろ別れろ」

「早乙女ェ…。俺はお前と違って健全なお付き合いしてんだよ!てめーといっしょにすんなボケッ!」

「彼女のいない俺を差し置いてイチャイチャするなんて許しませんよ!ああ、許さないとも!」

「黙ってろや元ヤンフラれ番長」

「そうだよ、黙ってなよだて眼鏡フラれ番長」

「そーだそーだ。だまれ大学デビューフラれ番長」

「なんで俺が総攻撃されなきゃいけないんですか!今日はみんなでクリスマス前にフラれたかわいそうな俺のこと慰めてくれるんじゃなかったんですか!………って、ちょっと待て。聞き捨てならねぇ単語がいくつか聞こえたぞ…。特に早乙女、さっきなんて言った、元ヤンは禁句だっていっただろうが。表出ろやオラ」

「佐々木どうした。敬語キャラどこ置いてきた」



そうだった、佐々木が女にフラれて荒れてるって理由で早乙女がまるで世界の終わりが来たかのようにどんよりとした暗いオーラを背後に背負ってる佐々木を引き連れて昼過ぎに俺のアパートに押しかけてきたんだった。それから、ぐずぐずと愚痴る佐々木が面倒くさくなったから、早乙女と二人で佐々木を引き摺って坂田の家に強引に上がらせてもらったのだ。あまりにも炬燵があったかくて忘れてた。

ぐん、と背伸びをすると、ころんと何かが落っこちた。見ると、ぴかぴかと点滅してる自分のケータイだった。



「あ、忘れてた」

「忘れんなよ。もう切れてんじゃね?」

「んー。………あ。」



発信履歴を見て、思わず間抜けな声が出た。普段は滅多に電話なんて掛けてこないくせに。なんで急に不意打ちしてくるんだよ、…小悪魔か。

我ながら振り回されてんなあ、とか思いつつモヤモヤがスウッと落ち着いていくのが分かって、苦笑いしてしまう。

掛け直すか、とケータイを操作していると俺の表情の変化に気づいたらしい早乙女が目を細めてこっちを見ていた。目敏い男め。



「なんだよ野上。女か」

「別にー?早乙女には関係ないよー」

「なん…だと…!?野上まで!?裏切りものばっかりじゃないですか!妬ましい!相手はどんな子ですか!美脚ですか!?」

「むっつり番長はちょっとお口チャックしてて」

「もしかしてペコちゃんから?…へえ、よかったじゃん王子様」

「坂田、ビンタしてあげるからこっち来なよ」

「なんで俺にだけ暴力だよ!?」

「ペコちゃん?やっぱ女じゃねーか。なんで隠すんだよ、怪しいなァ。なぁ、野上?」

「……早乙女、うざい」



にやにやしながら近付いてきた早乙女を睨むが、効果はもちろんなかった。からかう対象を見つけたときの嫌らしい顔してやがる。早乙女たちにバレると面倒だから嫌だったのに。口の軽い坂田には、後でたっぷりと仕返ししてやることにして、今はこの悪友たちから避難することが先だ。俺の頭をぐりぐりと押さえつけながら、ケータイ見せてみろと絡んでくる早乙女は心底楽しそうだし、佐々木は鬼気迫る顔で俺の胸ぐらを馬鹿力で掴んでくる。やべえ、こいつらメンドクセー。



「ペコちゃんって誰だよ…野上の彼女ですか?もし、もし彼女じゃないんなら…俺に紹介してくださいコラァ!!」

「やだよばか。暑苦しいから離れてよフラれ番長」

「んで、結局のところペコって誰だよ?」

「野上の好きな子。だよなー?野上クン?」

「………」

「なんだよ睨むなって。いいだろ別に言ったって。たまにはお前も困ってみればいいんだよ」



ニシシ、と坂田が意地悪く笑う。いじられるのは、俺の主義に反するんだけど。ムッとする俺を見て、「おお…野上が珍しく拗ねてる」「レアだな」と好き勝手に話す佐々木と早乙女。なんだか生暖かい目で見つめられるから居心地が悪くて、潜っていた炬燵から抜け出した。



「野上…好きな女いたんだな」

「だったら何?別にいてもいいじゃん」

「しかも野上が片想いとか、意外ですね。なんだろう…きゅんとする…」

「佐々木…キモい…」

「おい写真とか持ってないのか。見せろや、思う存分からかってやっから」

「早乙女の絡みかたが親戚のおっさん並みにしつこいんだけど、ちょっ、やめろフザケンナ!」

「あっ、卒アルあるわ。見る?見ちゃう?」

「でかした坂田、持ってこい」

「よしきた」

「……覚えてろよ坂田」



呪いをこめる勢いで、爛々と棚を漁っている坂田の背中を睨む。

興味津々な友人二人にはとりあえずそれぞれに間接技をさりげなく決めてやった。ぎゃあああと叫び声をあげて先程のみかんのように床に転がった二人を見下ろす。そう簡単に俺をからかえると思うな。



「よーし、卒アル見ようぜー!」



呑気に卒業アルバムを広げはじめた坂田はとことん俺をからかいたいらしい。日頃の仕返しのつもりだろうが、俺はその倍で返してやるつもりだからもういいよ、好きにすればいい。痛い目見るのは坂田だ。



卒アルの中に写る白雪は、不器用に笑顔をつくっている。なんだこれ、かわいいな。じっと見入っていると隣からにやにや笑いが近付いてきたきたので卒アルをたたんでその角で頭をガツンと直角に殴っておく。

騒がしい居間をすり抜けて、しずかな廊下へと出る。キッチンから顔を出した坂田の母親に軽く会釈して玄関から出た。

外に出た途端、寒さでかじかんできた指先でぽちぽちとケータイを操作する。ゆるむ口元は隠さずにケータイを耳に当てた。あー、そういや白雪の声聞くのは、このあいだいっしょにたい焼き食べたとき以来だな、とか思い出して、ひとりでソワソワする俺は不審者以外の何者でもない。こんな姿あいつらに見られてたまるか、それこそからかわれるに決まってる。




「もっしもーし、何か用すか。雪だるまちゃーん」

『ちょっと野上!来週のクラス会、コスプレとか聞いてないんだけど!!わたしそんなの出来ないよ!?』

「えー、今更?ちゃんとメール読んどけよードジだな」

『だ、だって!あのときはそんなこと見る余裕なくて!』

「……あー、ソウダヨネー?鈴村センセーのことで頭いっぱいでそれどころじゃなかったヨネー?」

『はあ?なんで急に機嫌悪くなってんの?』

「…すぐこれだよ、やってらんねー」

『なに?聞こえない』

「白雪のせいで散々からかわれたんですー。どーしてくれるんですかー」

『なんでよ!わたしのせいにすんな!』



ケータイ越しに聞くあの子の声は相変わらず鈍感で、なんとなくさっき夢に出てきた制服姿の彼女を思い浮かべる。

あの頃、先生に恋してた白雪は、癪だがまだ素直で可愛げがあったような気がするのに。なのにいつの間に、こんな素直じゃなくなったんだか。

そっぽ向いてる姿はもう飽き飽きだ。蹲るふりはやめてさっさと、こっちに走ってくればいいのに。無様にみっともなく。いくら取り繕ってたって、俺にはバレバレなんだよ白雪。



「さーて、白雪はどんなコスプレ晒してくれんのかなー?いやぁ、来週のパーティー楽しみだなー」

『や、やっぱり行くのやめようかな…』

「今更逃げるのはナシだぜ、白雪。…逃がさねえから、そのつもりで」




“まだ好きなんだ?”そんなの知らないよ。夢の中のきみの言葉なんて、鼻で笑って吹っ飛ばす。

だったら、確かめにいかなくちゃ。そうだろ?

怖気づいた制服姿のきみの手を引っ張ると、ケータイ越しから現実のきみの観念したような唸り声が聞こえてきた。



「まだ時間はあるんだし、精々昔のこと思い出して迷ってれば?どんだけ行きたくなくても、俺が当日きちんと拉致…げふんごふん、迎えにいってあげるから。ね?」

『いま、拉致って言った!?ねえ!?ちょっと!』

「あっ、ごめーん。電波悪いからもう切るなー」



さて。パーティーという名の決戦まであと1週間。いい機会だ。たまには物思いに耽ってみるのも悪くないかもしれない。きっと今頃、あの子だって同じこと考えてる。




そうだなあ。まず手始めに、俺のながいながい片想いのはなしでも思い返してみようか。


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