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砂糖づけランデブー  作者: 麦子
16/19

16.カボチャ、かく語りき2/夢みるカボチャ

野上はとにかく目立っていた。クラスは違ったけれど、たまに廊下ですれ違うたびに女の子たちに囲まれているのをわたしは白けた目を向けながら通りすぎていた気がする。でもあんなにチヤホヤされているくせに、輪の中心に立つあいつはいつも退屈そうにして飄々と振る舞っていた。なんだかちぐはぐとしたやつだなあ、とわたしが野上に抱いていた印象なんてそのくらい。



野上との接触も、もうないだろうと思っていた。接点もないし、なによりあいつとは関わる機会もないと思い込んでいたからだ。






「あんた、あいつのこと好きなの?」



初夏のとある放課後のことだった。衣替えしたての半袖から剥き出しになる二の腕の太さにげんなりしていたわたしの前に、あいつは急に現れた。人気のない図書室、夕焼けに染まる室内に綺麗に溶け込むその姿。すぐに、いつぞやのキス事件の王子様だと認識する。二重の瞳が、どこか楽しげな色を含んだままわたしを真っ直ぐと見つめていた。

この視線で一体何人の女の子を虜にしてきたんだろうか。しかし、わたしにはその必殺技は効かないよ王子様。きみの本性はすでに見破っている。謎の自信に満ち溢れていたわたしだったが、先程言われた王子様のことばを思い出して、座っていた椅子から慌てて立ち上がってしまうほどの動揺っぷりを発揮してしまった。



「え!!」

「あ。やっぱり?分かりやすいねー。さっきから声かけてんのに全然気付かないし」



ケラケラと笑いながら、わたしの倒れた椅子を直している王子様に目を白黒させるしかなかった。そういえば、このひとなんて名前だったっけ?混乱するわたしを尻目に、さっきより近い距離で笑う男の子はさらに核心をついてくる。



「あれって、美術の鈴村センセーだよな?」

「そ、そうだね…」

「へー。こっから、美術室見えるんだなー?ははっ、覗き見してる気分」

「そ、そうだね…」

「ふーん」

「…」

「…」

「…ば、バレバレ?」

「うん、バレバレー。視線が超センセーのこと追ってたしー?分かりやすいくらい」

「うわあ…そっかあ…」



思わず両目を手で覆う。誰もいないと思って油断してた。隠れた指の隙間から、王子様にズバリ言い当てられた意中の相手がいる窓の外へとこっそりと目を凝らす。図書室の窓から見える反対側の校舎にある美術室。そこから見える先生の姿を観察するのが最近のわたしの放課後の日課だったのだ。まさかの刺客によって、そのつつましい片想いも終わっちゃうかもしれないけど。しかも、なんでよりにもよって、片想いなんて一生無縁そうなこの天下無敵の王子様なんかに。

王子様は愉快そうに目を細めて「そんな目で見なくたって誰にも言わないってー。あれだ、ふたりだけの秘密ーってやつ?にしとくから」とかなんとか言いながら、軽々しく小首を傾げて、指きりげんまんのポーズをとっている。…こいつ、性格悪い。



「学校のセンセーに恋とか禁断だなー?なんか少女まんがみたいでウケる」

「いや、わたしはあんたの存在のほうが少女まんがみたいでウケる」



まさに売り言葉に買い言葉ってやつだった。放課後のロマンスもへったくれもない雰囲気のまま、お互いしばらく無表情で見つめ合う。

吹き出したのは、王子様のほうだった。先程の意地悪なニマニマ笑いなんかじゃなくって、力のこもっていない自然な笑い方だった。年相応の笑顔に、不覚にも内心ちょっとドキッとしたのは内緒だ。



「なー、あんた名前なに?」

「は?なに急に」

「あ、俺はねー、野上慧。呼び方はなんでもいーよ」

「聞いてないけどね」

「教えてよ。気になるじゃん」



甘えるように、斜め下からわたしを覗きこんでくる完璧な上目遣い。こうやって、無駄にかわいいお顔を武器にして今までうまくやってきたことが安易に想像できてしまい、近づいてくるその顔から目を逸らした。まるであの春の日の、非日常の延長みたいだ。これが少女まんがなら、この出逢いをきっかけにして淡い恋が始まっていくんだろう。

しかし、わたしは一切この王子様…もとい野上にときめいたりなんかできなかった。それは、あの最悪な印象しかない出会いのせいなのか、垣間見えた腹黒そうなコロコロ変わる表情を間近で見てしまったせいなのか。なにより、こんな見た目も性格も厄介な男の子にこれ以上関わりたくないと、普段は全く役に立たない女の勘が告げている気がした。



「白雪杏子…です」

「ふうん。なんか、うまそうな名前だな?」

「食べたら、胃もたれおこすよ」

「ブフッ、自分で言っちゃうんだ!?…いや、わかんねーよ?案外、病みつきになるかも」

「なんの話だよ…」

「ん?白雪サンの体型のはなし?」

「……あんた、デリカシーってことば知ってる?」

「なにそれ?食えんの?おいしいの?」



すっかり帰る気をなくしたらしい王子様こと野上慧は、ちゃっかりとわたしの隣に居座り図書室が閉まる時間まで出ていこうとしなかった。こんなオプションがついてくるって分かってたら、図書委員になんてならなかったのに。図書室の戸締まりをしながらため息をつく。野上は片手に本を持ってあくびをしている。どうやら、本を借りる気はあったようで天文学のコーナーを興味津々にじっくりと見上げている姿には少しばかり関心を抱いた。てっきり、遊び半分で来たのだとばかり思っていたから。



「本とか読むんだね」

「んー?まあ、本好きだし。図書室も割りと好きだよ、匂いとか」

「なんとなく分かる。落ち着くよね、図書室」

「それにこの学校の図書室、なんか秘密基地みたいじゃね?隠れ場所にぴったり」

「…女の子から?」

「いや、サボりたいときとか?女子とかは別にほっとけばいいだけだろ、勝手に寄ってくるだけだし興味ないしー?」



もともと、眼中にないってことか。満面の笑顔で返されて、口元がひくついた。こいつ、やっぱり全然王子様なんかじゃない。でも大半の女の子はこのニセ王子様を好きだタイプだと言う。…世の中って不公平だ。



「彼女に言ったら怒られるんじゃない?」

「は?彼女?いないけど、そんなの」

「え?あの上級生のひとは?」

「あー、あのひと?全然違うって。名前も知らないし」

「はああ?で、でも、キ、キス、してたでしょ!?」

「あれはー、あのひとがキスしたいって言ってきたからしただけだよ?」

「は…」

「気持ちいいことは嫌いじゃないし」

「…へ、へんたい」



あっけらかんと生々しいことを話す野上にどん引きするしかなかった。「へんたい?」と、わたしのつぶやきを拾った野上がくるりと振り向いた。…あの意地悪な笑顔を添えながら。



「白雪サン、その程度のことで恥ずかしがってたらいつまでたっても、鈴村センセーみたいな大人、口説き落とせないよー?」

「知らない女の子と軽くキスできちゃうあんたにだけは言われたくないんだけど!?ていうか、余計なお世話!」

「…白雪サンさー」

「な、なによ」

「キスに夢見ちゃうなんて、少女まんがの読みすぎじゃない?…カッワイイ〜〜」

「よよよ余計なお世話だよ!ばか!ついてくんな!」

「なんでー、トモダチじゃん俺ら」

「なった覚えないわ!」



その日から、野上はたまにフラリと図書室に現れるようになった。学校内では、気まぐれに声をかけられるようにもなり、そのたびに友達に質問攻めにされた。野上に強制的に“トモダチ”認定されてから、面倒ごとばかり増える羽目になるわけだけれど、とりあえずわたしと野上の腐れ縁はここから始まったわけだ。不本意だけれど。




「ヤッホー、白雪。今日も元気にストーカーしてる?」

「人聞きの悪い言い方しないでよ!み、見てるだけだもん」

「人はそれを無自覚のストーカーと呼ぶ…」

「ほ、ほっといてよ!」

「で?ドーヨ。なんか進展あった?事故チューくらいかましてやった?」

「するかばか!」

「えー?つまんねーなー、これだから夢見る雪だるまちゃんは〜」

「うるさいなあっ、邪魔だからあっち行ってよ!」

「やーだ。白雪といる」

「駄々っ子か!」




高校一年生、夏休み間近。自由気ままな王子様とトモダチになり、相も変わらず先生に恋い焦がれていたまだまだ夢見るお年頃だったあの頃のわたし。


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