15.カボチャ、かく語りき1/いつか王子様が
プロローグ。高校生のときのふたり。春、初対面、王子様とカボチャ。
“見つめる”ことだけが唯一わたしに許される恋の感情なのだとずっと思っていた。
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昔から、好きなひとができても友達にさえ言える勇気がなかった。
好きな相手に気持ちがバレてしまうことが何よりこわくて、わたしはいつも静かにこっそりと、誰にも気付かれないようにして遠くから見つめるだけだった。
「なー、白雪ってさ、おれのことすきってほんと?」
「なに言ってんの。そんなわけないじゃん」
「だよなあ。ビビったわー、あー、よかった」
相手に感づかれたり、気付かれそうになったらそこでわたしの恋は終わりであり、片想いをやめるための合図だった。でも、それだけで充分だった。それ以上は望まない。なんとなく自覚していた。わたしの気持ちを知った男の子たちの困ったような、残念そうな、どこか迷惑そうなかおを見るたびに。
母親譲りの、自分のぽっちゃりとした体型のことは別に嫌いではなかったけれど、他人から、好きな男の子から、そういう複雑な目で見られるたびに消えてなくなりたいと泣きそうになっていたのも事実だった。
好みなんて、ひとそれぞれだ。分かっていても、わたしは好きなひとに好きになってもらえる奇跡みたいなことなんて想像すらできなかったし、諦めていた。
「白雪?あー、いいやつだけど付き合うのはちょっと勘弁だな」
「つーか、想像できなくね?それに俺、自分より太い子って苦手だし。性格良くてもナシだわー」
陰で言われることばに傷つくのさえ、慣れていった。悲観的な気持ちには自分で喝をいれてパンチできるぐらいの度胸をいつでも装備して。
軽く流して、なんでも笑い飛ばせる術を身に付けた。
それでも、恋をすることはやめなかった。例え“見つめる”だけの日陰の片想いでも、想いが届かなくても、受け止めてもらえなくても。どんなに理不尽でも、わたしは恋愛にそれなりに憧れを抱いていたのだ。
“いつか王子様が”なんて、甘くて夢見がちなことさえ考えていたあの頃の理想主義者のわたし。
だけど、あいつのせいで“王子様”なんて嘘っぱちだと思い知らされることになる。
「なに?あんたも混ざりたいんすか?」
高校一年生。麗らかな春の日に、わたしたちは出会った。
暖かい日差しに溶けそうなハチミツ色の髪の毛を揺らして、わたしと同じまだ真新しい制服を着ている男の子がかわいく笑ったのが印象的だった。まさに“王子様”だった。このひとが最近クラスの女の子たちの話題になっている男の子だってすぐにわかった。
そんなウワサに聞く“現世にさっそうと舞い降りた会いにいける王子様”は、桜吹雪の下で、規則にしばられている学校内の敷地で、色っぽい上級生のおねえさまと大人のキスをしていた。そして、極めつけのあの王子様らしからぬいやらしい台詞。キラキラと纏う雰囲気も一瞬で消え去り、突然の非日常のせいでパリンとひび割れた音を立てた。なにが王子様!?ただのちょっとかわいい顔したチャラ男じゃないか!あのハニーフェイスにうっかり騙されるところだった。
「結構です。お楽しみ中お邪魔して申し訳ありません」
所詮、王子様なんて幻なんだなあ。少女まんがの見本的な爽やかで穢れをしらない純粋な美少年を期待していたわたしの夢見がちな心は、最低な出会いのせいでガラガラと崩れて塵となった。
この心臓に悪い出来事こそが、野上慧とわたしの出会いの日だった。今思い出しても、ドキドキして胸が痛くなる。もちろん、衝撃的な意味で。
高校生編のはじまりなのでちょっと短めなかんじにしました。次回はもうすこしボリュームがあるはず。