14.(続) 片想いは食べられない
振り回したいのにいつの間にか振り回されてばっかりの王子様。
ショップ内でも、白雪はまるで借りてきた猫のように大人しかった。ショップのお姉さんの話も聞いているのかも定かではなく、結局契約だの面倒くさい手続きなど俺が代わりにするしかなかった。目を離せば、すぐに自分の世界にはいってしまう白雪の手を半ば引き摺るようにしてケータイショップをあとにした。
「白雪」
「うん」
「腹減った」
「うん」
「公園寄ってもいい?」
「うん」
ケータイショップ店を出たあとすぐに、都さんに報告の電話を入れた。「しばらくいっしょにいてあげてくれる?」というまだ心配げな声とともに電話はすぐに切れた。お店も忙しくなってくる時間帯だ。
そんなわけで隣をのろのろと歩く白雪を連れて、近くの公園に立ち寄ったわけだが、なにを言っても反応が同じな白雪にいい加減嫌気がさしてきた。おい、お前はいつまでぼんやりしていれば気がすむんだ。俯き加減な頬をグニッと摘まめば、ようやくこちらを向いた。
「野上、痛い」
「白雪がいつまでもぼんやりしてるからだろー。つまんねえんだよ」
「じゃあ、わたし置いて帰ればいいじゃない」
「それはいやだ。もっとつまんなくなる」
「なんだそれ」
白雪の目線の先には、たい焼きの屋台があった。おいしそうだね、と呟く声はすぐに沈黙にかわる。…まったく、世話が焼ける。
「ちょっと待ってて。買ってきてあげるから」
「え?」
「この俺にパシらせるなんて、いい度胸してんねー?ま、白雪だから許すけどねー」
「いひゃいいひゃい」
たい焼き大好物だもんねー、とつねっていた頬をはなす。なんで知ってんだよ、と赤くなった頬を撫でながら白雪が睨んでくる。知ってるよ、それくらい。何年、片想いしてると思ってんだよ。
たい焼き(つぶあん)を2つ買って、おまけでもらったクリームのたい焼きをモグモグ食べながら白雪のもとへ戻れば、案の定また考えごとをしているようだった。目線がぼんやりとしている。
「白雪」
「……」
「大福もちー」
「……」
「おーーい」
顔の前でヒラヒラと手を振ってみるが、反応はない。よいしょと隣に腰かける。2個目のたい焼きを紙袋から取り出して、頭からかぶりつきながら白雪を眺める。
「白雪、全部食っちゃうぞー」
「んー」
「生返事ですか、そうですか」
「……うん」
「……」
「……」
「…。杏子」
「…はい」
「…っ、早く食べないと冷めるよ白雪。はい、アーン!」
「あ?…んぐっ」
しまった。うっかり呼んだ名前が思いの外恥ずかしかった。赤い顔を誤魔化すために、半開きの口に勢いよく熱々のたい焼きをねじ込んだ。白雪が目を見開いて、あまりの熱さに悶絶している。ふう、あぶないあぶない。冷や汗を拭う俺の背中に、あまり力のこもっていないパンチが飛んできた。涙目の白雪が、俺を思い切り睨んでいる。…うん、その顔は割とかわいいです。
「い、いきなり何すんの!?窒息死するところだった、ゴホッ!」
「ごめんごめん。白雪の口が間抜けに開いてたから、つい出来心で」
「出来心でたい焼き詰めこむな!」
「良かった」
「なにが!?」
「白雪がやっと俺の目見てくれた」
何か言おうとして、白雪は口を大人しく閉じた。それから、気まずそうに視線を逸らして俺から半ば強制的に受け取ったたい焼きを尻尾からためらいなく食べ始める。お互い、しばらく黙ったまま、たい焼きを食べた。
「野上、あのね」
「んー?」
口を開いたのは、白雪が先だった。ようやく話し始めた白雪は、まだなにか躊躇っているようだった。うろうろと視線を右へ左へとさ迷わせて、食べかけのたい焼きを中身のつぶあんが飛び出そうなほど両手でぎゅうと握っている。
「今度の、その、同窓会のこと、なんだけど」
「んー」
「……わたし、行かなきゃだめかなあ」
へにゃりと、白雪の眉毛が弱々しく下がる。
弱音を吐く白雪ほど珍しいものはない。見ていると、どうにかこうにかしたくなってくる。ずっと見ていたい気もするが、こいつがこんな表情をしている原因を思い出して下心もうっすらと薄れていく。
…ずっと、今まで悩んでいたんだろうか。あの男のことで。それこそ身の回りのことが手につかないくらいに?そんなにか。そんなにも、忘れられないのだろうか。
「野上?」
俺の、ぐちゃぐちゃの格好悪い気持ちなんてもちろん白雪が見抜けるはずもなく、弱気な瞳がちらりと俺を窺うように見つめてくるだけ。でも俺は、今の白雪の気持ちが見抜けるから遠慮なんてしない。
「…そんなに鈴村センセーと会うのが嫌?」
「嫌って、言うか…どういう顔で会えばいいのか分かんないし、それに恐いんだよ。鈴村先生の顔見たら、あのときのこととか気持ちとか色々思い出しそうで、みっともなくなりそうで。…ぐちゃぐちゃになりそうで、恐い」
そう言って、俯く白雪はまるで、あの頃のまんまだった。制服を着て、ぼろぼろと泣きじゃくる今よりもうちょっとだけ素直な高校生の白雪がそこにいた。なんだ、お前まだそんなところにいたんだな。道理で、いつまでたっても俺に振り向いてくれないわけだ。
ヨシヨシ、と想像の中でだけ俺は白雪の頭を撫でてやる。でも現実の俺は、そんなに甘くはない。俺はそこまでいいやつじゃない。
ぐちゃぐちゃになればいい。みっともなく傷だらけになって、思い知ればいいのだ。そんで、俺の前で泣いてみやがれ。
「なーに、乙女なこと言ってんの?」
白雪の腕を掴んで、食べられ損ねているたい焼きにがぶりと噛みついた。耳元で、ぎゃあ!わたしのたい焼きが!と色気のない叫び声が聞こえてくる。うるさいな、いつか白雪もこうなる運命なんだからもうちょっとは危機感を持てよな。
「いつものブサイク面で会えばいーだろー?何迷ってんの?まさかセンセーとのアレコレ期待しちゃってんの?ねーよ。どんだけ自意識過剰?」
「な、なにそれ!別にそんなこと思ってない!」
「じゃあ、いつまでもウジウジ逃げてんじゃねーよ。ビビりが」
自分で言った言葉が自分自身に突き刺さった。どーせ、俺も臆病者だよビビりだよ。ちゃんと分かってる。…王子様なんかじゃねーもん、俺。
「それともまだ未練がましく好きだったりするわけ?だったら、引くんだけど?」
つーか、引く以前に俺が凹むことになるんだけど。
「好き、じゃないよ。もう、好きとかそんなんじゃない」
「じゃあ、いいじゃん。行こうよ、同窓会。白雪がいなかったら誰が俺のこと構ってくれんの」
「いや、いるでしょ。それこそわんさかとな」
「でも、俺は白雪がいい」
こんな遠回りじゃ、こいつには伝わらない。白雪は、ぱちくりと目を見開いてから、おずおずと俺の服の袖を掴んできた。あれ?まさか伝わった?一瞬、期待したがそれを華麗に崩すのが白雪の得意技だ。
「野上は、いいやつだね」
「…そうでもないけど」
「でも、そっか。野上、近くにいてくれるんだ」
「うん、いるよ」
「…そっかあ」
「白雪は俺のことだけ構ってくれてればいーの」
「なんだそれ」
白雪がやっと、気の抜けた笑顔を見せる。そうそう、いい加減他の男のことなんか考えるのやめろよ。しばらくそうやって、何も考えずに笑ってればいい。
「白雪は、俺だけ見てればいいよ」
「うん、そうする。野上と話してると飽きないしね、たまにむかつくけど」
「……ウン、ソーダネ」
白雪が吹っ切れたようにベンチから立ち上がる。覗き見た横顔は、真っ直ぐと前を見据えていた。
「野上、話聞いてくれてありがとう。わたし、頑張ってみるよ」
「…うん。俺も頑張る」
「は?」
「こっちの話」
すっかりいつもの調子を取り戻したきみの冷えた手を握る。「冷たい!やめてよ!」と、何の照れも恥じらいも含んでいない抵抗するおなじみの言葉が返ってくる。でも、離さない。諦めの悪い俺に好かれたこと、精々後悔すればいい。
「俺、やっぱり白雪好きだわ」
「はいはい、どーせわたしの手は握りがいのあるぶよぶよした手ですよ!分かってるから!」
「……全然、分かってないよな?お前、そのスルースキルわざとなの?」
「なにが?…ていうか、はなせよばか」
「いやだばか」
「ばか力!」
「はいはい。ほら、たい焼きもう一個買ってあげるからしばらく黙って繋がれててくんない?」
「し、仕方ないなあ!たい焼きのためだしね」
「案外、チョロいよね白雪って」
でも、そんなきみも好きだ。と言ったところで、あいつには到底伝わらない気がする。
もういいよ、そこは諦めてるから。
俺は“そんなきみ”と恋がしたいのだ。
◎おまけの会話
「そういやさあ、白雪姉妹ってうまそうな名前してるよな」
「苺と杏子?」
「うん。由来とかあんの?」
「おかあさん、和菓子が好きでね、特に苺大福が大好物なの」
「…もしかして、苺大福の“苺”と“餡子”から?」
「そのまんまでしょ?」
「ぶっは!なにそれ、かわいいな都さん!」
「そっか?…あれ、そういえばさ」
「なに?」
「さっき、野上わたしのこと名前で呼ばなかった?」
「…」
「…」
「…気のせいじゃない?」
「そうだよね、空耳か…変なの」
名前呼び程度で恥じらう王子様とか誰得だよ。