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砂糖づけランデブー  作者: 麦子
11/19

11.あの子が恋をしない理由

結局、メールのことはなんにも分からないまま数日が過ぎた。ついでに言うと、野上もここ数日、お店に顔を出していない。




「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいましたー」



そんなとき、意外な来訪者が現れた。いつものようにお店で働くわたしの元へひょっこりと顔を出したのは、高校時代のクラスメイトだった。あまりの突然さにぽかんと口を開けているだけのわたしとは違って、元クラスメイトの坂田は昔と変わらない人懐っこい笑顔で、軽く片手を振ってくれた。



「よ、久しぶり!ペコちゃん何も変わってないな〜〜!」

「久しぶり。び、びっくりしたあ…どうしたの?」

「ん?弁当買いにきた!」



身軽そうに長財布だけ手に持っている坂田は興味深そうに店内をキョロキョロと眺めてから、その視線をゆったりとわたしへと移してにへっと笑った。…相変わらず、モテる顔立ちをしているなあと、高校生のときから野上と同じくらい女の子に人気のあった懐かしいクラスメイトの横顔をしみじみと見つめかえす。



「坂田、ひとりで来たの?」

「まあな。あ、でもさっき野上にメール送ったら、あいつもここ来るって返事きたから、もうちょいしたら、野上もこっち来ると思う」

「ふーん」

「あいつ、多分ダッシュで来ると思うから期待して待っててあげてな?」

「なんで?」

「なんで、って、そりゃあもちろんペコちゃんに一秒でも早く会いたいからに決まってんじゃん」

「え?お弁当早く食べたいからじゃないの?あいつ食い意地張ってるし。もうすぐお昼だもんねえ」



坂田がやけにニコニコしながら話しかけてくるから、こっちもつられて笑いながら会話を返していたら、突然坂田の声がピタリと止んでしまった。それからすぐに、ガタタッとなにかが落ちたような音がする。カウンター越しから覗き込んで見ると、坂田が驚愕の表情を浮かべて床に尻餅をついていた。…このオーバーリアクション、ついこの間まさにこの場所で見たような気がする。



「え…ええええ!な、何ばかな言ってんのペコちゃん!ていうか、実はばかだろ!?」

「うーん…そのセリフも聞き覚えがあるようなないような…?」

「だ…だめだこの子…早くなんとかしないと…」



まるでこの世の終わりがきたかのような暗いテンションを背中に背負ったまま、坂田がフラフラと立ち上がった。意味が分からないから、とりあえず放置しておこう。



「坂田、そういえばまだ注文聞いてなかったね?何にする?今日のオススメは、キノコの炊き込みご飯だよ」

「…恋に効くお弁当はないんですか」

「は?」

「好きな子に全然気付いてもらえなくてしかも全然興味も持たれてない報われない万年片想い男のために、心のこもった愛情たっぷりのあたたかいお弁当をひとつ作ってやってください…!」

「え?早口すぎて聞き取れなかった。ごめん、もう一回」

「…ごめんな野上…俺には対処しきれねーわ。やべ、なんか泣けてきた」



わざとらしく目頭を押さえて俯く坂田の頭の旋毛を見下ろしながら、首を傾げるしかないわたし。どうやらお弁当の注文を言う気はないらしい。何しにきたんだこの男。カウンター前から一向に動く気配のない坂田の頭をぽんぽんと軽く叩いてみる。



「そろそろ営業妨害で訴えますよー、お客さん」

「……ペコちゃんってさ」

「ん?」

「恋愛とか興味ないの?」



突拍子もない坂田の質問に、思わず吹き出してしまった。でも当の本人は意外と真面目な表情でわたしの答えをじっと待っているから、口元が変なかたちのまま固まってしまう。



「ないよ」

「即答かよ。んー、じゃあ好きなやつとかも?」



曇りのない茶色の瞳が、なにかを見つけようと必死になっている。その様が可笑しくて、やっぱり笑ってしまう。坂田もみんなも、つくづく恋のおはなしを探すのがすきだなあ。根掘り葉掘り聞いても、わたしからはなんにも見つからないし、甘いにおいのする方向はこっちじゃないよ。わたしからは惣菜の油のにおいしかしないと思う。それでも興味津々の坂田に、苦笑いしながら「いない、いない」と首を横に振ってみせた。



「………がんばれ野上」

「何か言った?」

「うん。ペコちゃんが恋に興味持ちますようにーって、念じてみた」

「なにそれ。ありえないから」

「ペコちゃん、ありえないことなんてこの世にはひとつもないんだぜ」

「……」

「え、あれ、なんで笑ってんの?俺、今、名言っぽいこと言ったのに!」

「う、うん。かっこいいかっこいい…」

「ぜったい思ってないじゃん!笑いのツボにはいってるし!ちょっ、なんか恥ずかしくなってきたんだけど!」



坂田が少し頬を赤らめて、わたしの笑いすぎて震えている肩を掴んだ。そのまま、ゆらゆらと揺すられる。後ろの調理場の方から、できたてごはんのあったかいにおいが届いてくる。…なんだか、最近は平和だなあ。



「浮気現場、はっけーん。ハイ、激写〜〜」



そんなほのぼのした空間に似つかわしくない低ーい声が、パシャリという愉快なカメラ音と共に入り口付近から突然聞こえてきた。坂田の肩越しに扉がある方へと目を向けてみると、そこには綺麗な笑顔を貼りつけた野上が携帯電話片手に立っていた。「やべ」とすぐ近くにいた坂田が、ぼそりと呟いた。




「…随分、仲良しなことで」



そんなことを言いながら、かわいらしく小首を傾げてくる野上だったが、目元をよく見れば全然笑っていなかった。坂田が小声で「王子様、超めんどくせーよ…」と愚痴るのが聞こえてきたけれど、わたしにはさっぱり意味が分からなかったので、ただ無言でこちらに笑いかけてくる不機嫌オーラ全開の王子様を見つめかえすだけだった。




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