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砂糖づけランデブー  作者: 麦子
10/19

10.なぞなぞとテレパシー

押せ押せ王子様とスルースキル発動中ぽっちゃりちゃんの定番なやりとり。

ついこの間、携帯が水没した。雨の日だった。わたしの手から逃げるように、真下にあるみずたまりの中に落下していったクリーム色。水の世界に浸かる寸前に響いてきたメロディーの着信履歴が誰なのか、真っ黒画面で機能しなくなった今の携帯に尋ねてもわかるはずもなかった。でもどうしてだろう、あのメロディーがずっと頭の中で鳴っているのだ。まるで、なにかの合図のように。






「おかわりー」



白雪家の食卓に、堂々と居座っているハニー色が高々と片手をあげて、その手に空っぽのお茶碗を乗せて図々しく“おかわり”を主張している。わたしの隣に座る苺が恨めしげに野上を睨んでいるが、そんなのお構いなしに当の本人は、ちゃっかりとお母さんにご飯のおかわりをもらってご機嫌の様子だ。お母さんも「野上くんはいつもたくさん食べるのねえ」なんて、うふふと嬉しそうに笑ってお茶碗を手渡している。そのほのぼのとした光景は、まるで本物の親子を見ているようだ。



「…馴染みすぎだろ」

「あら、なあに杏ちゃん。杏ちゃんもおかわり?うふふ、食いしん坊さんなんだから」

「もうお腹いっぱいだよ。お母さん張り切って作りすぎ」

「だって、野上くんが来てくれたんだもの」

「乙女か」

「都さん、今日のご飯もすげえうまいです。嫁にきてください」

「あらやだ」

「あらやだ、じゃないよお母さん。野上もうちのお母さんで遊ばないでよ」

「じゃあ、白雪が嫁にくる?」

「いきません」

「即答かよ。ちょっとは迷えよ、かわいくねーわー」

「そうよーかわいくないわよー?ここは素直に“うん”ってうなずくところよ」



「ねー」と、野上とお母さんが小首を傾げて相槌を打つ。…お母さんの隣で静かに肩を震わせて涙ぐんでるお父さんは、見なかったことにしておく。安心してお父さん、わたしがお嫁さんになるなんてまだまだ遠い先の話だよ。なれるのかすら、あやふやだけれど。



「野上くん野上くん。この煮物ね、杏ちゃんが作ったのよー。食べて食べて」

「わーい、いただきまーす」

「ちょっと…何勝手にあげてんの…しかもそれちょっと失敗したやつ…」

「あ、うまい」

「…ほんとに?まずくない?」

「うん。全然食べられる。はい、おかわり」

「いやだから、食べ過ぎでしょ」



ひたすらもぐもぐと口を動かして、わたしの失敗作の煮物を食べている姿にほっとする。食事中の野上は、いつもより隙があって無防備だ。あと、ご飯の感想は、普段のいじわるっ子な王子様とは考えられないくらい素直に言ってくれる。いつの間にか、たまに晩ごはんをいっしょに食べるようになってから気付いたこと。いつだって、お腹がいっぱいになるまで食べて、へらへらしあわせそうにご飯つぶくっつけてわらっている野上を見ているのは、意外ときらいじゃない。自分の作ったものを、笑顔で食べくれるひとの姿は、やっぱり無条件でうれしいものだ。



「ごちそうさまでした!」



行儀よくぱちんと手を合わせる野上は、わかりやすいくらい上機嫌だ。逆に、空腹のときはわかりやすいくらい不機嫌。本能のまま生きている食いしん坊な王子様。なのに、なんであんなに細いんだこん畜生。食べた分だけ、脂肪になるわたしとは大違い。憎たらしいな、と自分の食器をご丁寧に台所へさげている野上をじっとりと睨んだ。



「ありがとう。あとは洗っておくから、野上くんはゆっくりしてて」

「いや、今日は帰るっす。大学のレポート仕上げなくちゃなんないんで」

「あらそう、残念ねえ」

「いつも、すいません。タダ飯ご馳走になってばっかで」

「いいのよー、ご飯はみんなで食べたほうがおいしいもの。またいつでも来てね」



お母さんのことばに、野上が眉をさげて笑っている。なんだか、うれしそうだ。それを聞いた苺が、「来なくていいのに、ちぃっ」と怖いかおでぶつぶつ呟いている。相変わらず、野上のことが気に食わないらしい。お母さんとお父さんは、まるで自分の息子のように可愛がっているというのに。…2人とも野上の愛想のよさに騙されてるよ。笑顔の裏に腹黒さが滲み出ていて、わたしにはこれっぽっちもかわいいなんて思えない。むしろ、なにを企んでるんだって疑ってしまう。



「白雪、どうした?すっげーブサイクになってるけど」

「元からですが何か」

「ははっ、うそうそ。白雪はかわいーよ」

「はいはい。素敵なお世辞をどうも」



野上を見送る玄関先。じゃーなー、とくるりと背中を向けて扉を開ける野上に、ばいばいと片手をあげる。そこでやっと、例の贈り物たちの存在を思い出した。帰ろうとしていた野上の腕を慌てて掴めば、すんなりと止まってくれた。



「なに?」

「野上に渡すのあるの、忘れてたの!ごめん、ちょっと待ってて」



そして、お店から持ってきたそれらを渡そうとしたら、露骨に野上のかおが不機嫌になっていくのが分かった。嫌そうに袋を見つめて、「何コレ」とわたしを睨んでくる。



「何って…。王子様ファン一同様から?」

「いらない」

「わたしもいらないよ」

「で?なんで白雪は毎回毎回断りもせず受け取っちゃってんの?」

「だって、なんか断りずらいし、ついつい」

「はあー…。まあ、いいや。もらっとく。中身なんだろ…」



ガサゴソと中身を物色する野上の隣で、さりげなく袋の中を覗き込んでみる。ほとんどがお菓子類で、あとはお手紙や…何故か猫耳のカチューシャなどバリエーションにとんだものが入っていた。野上は興味なさそうに、ふーんと呟いたあと、またため息をついた。



「モテる男子は大変だね」

「モテない女子は楽そうでいいな」

「うん。楽チンだよ」

「……」



また、睨まれた。そのまま無言でフラフラ出ていこうとする野上の腕を再度掴む。なに、と超絶に低い声が返ってくるけど、気にしない。



「野上、ゼリー好き?」

「は?…まあまあ、だけど、なんで?」

「昨日ゼリー作りすぎちゃったから、食べるかなあと思って。いる?」

「食う」

「そっか。じゃあ、イチゴかリンゴどっちがいい?」

「これがいい」



そう言って、野上が掴んだのはわたしの左の手首だった。はあ?とかおを顰めるわたしとは反対で、野上は無表情を崩さなかった。でもさっきみたいなトゲのある不機嫌さは、もう身に纏っていないように見えた。



「これちょーだい」

「なにを?」

「白雪ひとつ、くださいな」

「……」

「……」

「非売品なので無理です。脂肪ならあげます」

「ぶっふ!脂肪は、いらねーわ!」



笑いのツボにはいったのか、野上がいきなり吹き出した。全く、変な冗談しか言わないんだから。野上に握られていた手をブンッと振り払って、リビングまで戻り、冷蔵庫からイチゴとリンゴの両方の味のゼリーを何個か取り出して、袋にいれた。玄関に戻ると、まだ微かに笑っている野上が立っていた。



「はい。どーぞ」

「おー、ありがとう。これ、明日のご飯にするなー。あとさっきのお菓子も」

「いや、栄養とれないでしょ!いい加減、ちゃんと自炊しなよ」

「うわー、坂田と同じこと言ってるー。おまえら、俺のお母さんかよー」

「心配して言ってんの!わたしも坂田も!」

「えー…」



めんどくさそうに表情を歪めた野上は、すぐにコロッと表情を変えて、ズイッとかおを近付けてきた。しかも、何か企んでるときの、腹黒笑顔付きだ。



「じゃあ、白雪が俺ん家に毎日ご飯作りに来てよ」

「わたしが?」

「うん」

「別にいいけど、それじゃ意味ないでしょ。わたしが毎日作りに行ったって、野上の為にならないじゃない」



キョトンとして首を傾げれば、野上の肩ががくんと下がった。急に顔を俯かせた野上を不思議に思っていると、不意に手がにゅっと伸びてきて頬をつねられた。



「じゃー今度作りに来てネ。はい、約束〜〜」

「痛い痛い!なんでつねるの!」

「白雪の反応がすげえムカついたから。なんで、あげておとすことばっか言うのかなー…腹立つなー」

「いたたたたっ」



しばらく好き放題にわたしの頬をつねっていた野上だったが、飽きたのかパッと手をはなして、赤くなったわたしの頬を眺めてから鼻で笑いやがった。腹が立つ反応するのは、どっちだよ。



「さて。白雪で遊ぶのも飽きたし、そろそろほんとに帰るかな」

「さっさと帰れこのドS」

「あ、そういえばさ白雪」

「なんだよもう…」

「このあいだ来てたメール、見た?」

「え?」



そのことばに理由も分からずに、ドキッとした。頭の中に残ったままのメロディーがガンガンと鳴り響く。まるで、なにかの警告音みたいに。



「ううん。実は、携帯壊しちゃってて」

「へ?……まじか」

「え、え、なに?大事な内容だったりした!?」

「いや、別に。…ふーん、見てないんだ。…へえ?」

「なにその笑顔!もしかして野上が送ったやつ!?」

「俺じゃないよ。でも、ま、いいんじゃない?見ても見なくても。…むしろ好都合」

「はあ?なに、気になるんだけど!」

「ん?その内分かるんじゃねー?多分」

「多分って!」



含みのある言い方をした野上は、意味ありげな笑顔を残して、今度こそすんなりと手を振って帰っていったのだった。

正体不明の不安に駆られながら、部屋に戻ったわたしは、真っ黒画面の携帯を取り出してじっと見つめてみた。…その内って、いつだよ。



その夜は、携帯のメールがなんだったのか気になってなかなか眠れなかった。



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