1.わたしはカボチャ
落ち葉で彩られている夕暮れどきの街の歩道を、食材がぎっしりみっちり詰まっているエコ袋を両手に提げてのろのろと歩く今のわたしはきっと、誰の目から見ても色気のかけらも感じられない冴えない通行人の女Aぐらいにしか見えないだろう。
まあ、通行人Aのわたしから見たにんげんだって、すべてただの通行人でありただの村人であり、そしてただの他人に過ぎないのだけれどね。
ふと、ショーウインドウに映った自分の姿が目にとまった。モコモコに着膨れしたからだ、ボサボサの髪の毛、ほぼ素っぴんのかお、手入れもしてないカサカサの手のひら、…大根足。女っけがないにもほどがある今の醜い自分に、失笑するしかない。でも、こんなわたしだって一応女の子のはしくれなわけで。ショーウインドウの向こう側で、スポットライトに照らされているお姫さまみたいなヒラヒラのレースがついたかわいいワンピースに思わず見惚れてしまうくらいには、まだ乙女心も健在なわけで。
ああ、いいなあ。こんなワンピース着て、好きな男の子と手を繋いでデートしたいなあ。
そんな夢みたいな妄想に一瞬現つを抜かしそうになるけれど、現実主義を貫き通したいわたしはすぐに頭をブンブンと横に振って、お花畑な脳内に喝をいれるのだ。
所詮わたしは普通のかわいい女の子にもなれない、ただのむっつりとしたカボチャだ。魔法使いもいないこの、まるいだけの世界の中のひとり。カボチャは、お姫様にはなれない。運命の王子様なんて、いない。
そうなのだ、この世界には歌うような声をした真っ赤なリボンが似合うお姫様も、ピンチのとき颯爽と馬に乗って現れてくれる王子様も、存在しないのだ。
「お、すっげえ。でっかい雪だるまがノロノロ歩いてる」
いや、“王子様”と呼ばれているやつならひとりだけ知っている。顔だけは王子様ヅラで、本質はただの腹黒い性格の悪い笑顔をする男なら、ひとりだけいた。わたしの、この100歩譲ってぽっちゃりしている体型をドストレートに貶す王子様はこの世でたったひとりしかいない。
嫌な予感をひしひしと背中で感じながらも、嫌々声の聞こえた方向へと顔だけを向けた。
「ヤッホー、歩く雪だるまちゃん。つか、お前着膨れしすぎじゃね?まじ笑えるんですけど」
嫌なほど予想通り。
振り返った方向には、周りの女の子たちの視線を釘付けにしているにも関わらず、それに気付かないふりしてにやにや笑っている“ニセ王子様”が立っていた。相変わらず、性格悪いやつめ。
露骨に舌打ちしたわたしを見ても、飄々とした態度でわたしのとなりへと小走りしてくるこいつは、野上だ。高校時代の同級生でもあり、わたしの家が経営しているお弁当屋の常連でもある。今日も今日とて、唐突に現れた野上は「いやー奇遇ですねえ」とわざとらしく白い息を吐きながら、わたしの左側に並んで歩きだす。お願いだから、もっと離れて歩いてよ。視線が痛いんだってば、特に、さっきの一瞬でこの腹黒王子に骨抜きになってしまったかわいい女の子たちのトゲみたいな視線が!わたしを巻き込むなよ、お願いだから。
「ついてくんな」
「そんなこと言われると、意地でもついていきたくなるんですけど」
「ストーカーかよ」
「白雪は相変わらず自意識過剰だなー?」
「はいはい、すみませんねえ!」
「あーさみい。あ、白雪、そのマフラーちょうだい」
「話を急に変えるな!そして勝手にひとのマフラーを奪うな!」
「うはー、あったけえ」
「……」
聞く耳持たない野上は、わたしのお気に入りのモカ色のマフラーをぐるぐると首に巻いてぬくぬくな顔をしている。防寒具をひとつ失ってしまったわたしは、容赦なく吹いてくる風の冷たさに身を震わせた。秋のにおいと混ざって、少しだけ冬のにおいもした。もうじき、秋も終わりか。
「白雪の頬っぺた、すっげえ真っ赤。あったかいの?」
ピトリ。両手に荷物を持っている、なんの抵抗もできないわたしの頬っぺたを挟みこむようにして触れてきたのは、雪みたいにひんやりとしてつめたい野上の両手だった。予期せぬいたずらに、思わずびっくりして声をあげる。
「ひゃっ!な、なにすんの、つ、つめたいじゃない!ばか!」
「……なんだ、つまんない。全然あったかくねえ。白雪、使えねー」
「わたしの顔が赤いのは、寒さのせい!だから、つめたいのは当たり前、ひゃっ、な、なんでまた触る!」
「ぷにぷに感がクセになるなあと思って。…ははっ、柔らけ。」
ちいさなこどもみたいに、わたしの頬っぺたを突いてけらけらと笑う野上。そんな野上を偶然見ていた通行人の女の子たちが、ふんわりと顔を赤らめて瞳を恍惚とさせている。騙されてるなあと思う同情する気持ち半分、ちょろいなあと鼻で笑う気持ち半分。どっちにしろ、性格悪いわたしである。生まれつきの捻くれものですので悪しからず。
「白雪、遅い。置いてくよー」
ため息と同時に抱え直そうとした荷物の重みが半分なくなっていることに、ふと気付いた。あれ?と思っているわたしの3歩先には、左手にでこぼこに膨れあがったエコバッグをぶら下げてすまし顔している野上がいた。…こういうところ、ちゃっかりしてると思う。憎たらしいけど、困ったことにこいつ、たまーにいいやつなんだよなあ。
「なにぶっさいくなかおしてんの。ほら、早く行くぞ」
でも、さりげなく毒をはくことは忘れないぬかりのない王子様は、なんとなく立ちどまったままだったわたしのところまで律儀にとことこと戻ってきて、「ん」と手を差し出してくる。は?とあからさまに顔を顰めるわたしに向かって、野上は真顔を崩さずにさらに手を突き出してくる。なんだよ、握手?
「…お金ならありませんけど」
「違う。手」
「手?」
「うん。手、出して。」
「はいはい、ドウゾー……って、何してんの」
「手を繋いでる」
「だから、なぜに手を繋ぐ必要性があるの?」
「俺が繋ぎたかったから」
「……ソウデスカ」
こういうときの野上には、抵抗しても無駄である。だって逆に、喜ばれるだけだから。わたしが嫌がる顔を見て心底楽しそうな笑みで見下してくる、そういうやつなのだから。きっちりしっかりと繋がれている手と手を見る。…なんだこれ、新手の嫌がらせか。ギロリと、隣で鼻歌なんか歌っちゃってるやけに機嫌がよろしい野上を睨む。
「離せこのヤロウ」
「やだ」
「こどもかよ」
「俺はね、好きで繋いでるだけなの。意味分かる?」
「毎度お馴染みの、わたしへの嫌がらせでしょ。分かってる分かってる」
「……全っ然、分かってねえし」
何故か舌打ちされた。おいちょっと待て、舌打ちしたい気分なのはこっちなんですけど王子様?
「…って、ああっ!やばい!洗剤買うの忘れたぁ…。あー最悪だ…」
「……ねー。ほんとさいっあくだよな…」
「というわけだから野上、わたしもっかいスーパー行ってくる…」
「うん、俺も行く」
「行くのかよ」
「ついていきますよ?どこまでも」
にっこりと、野上が笑う。全面に黒いオーラを出しながら、得意げに。相変わらず、なにを考えているのか分かんないやつである。分かりたくもないけれど。
急に不機嫌になった気まぐれな野上に首を傾げつつ、繋がれた手を引っ張りながらわたしはスーパーへと向かうのだ。
「気付けよ、ばか」
野上が、マフラーで隠れた口元から、落ち葉が風に揺られているみたいな小さな声で、なにか呟いたような気がしたけれど、わたしには関係ないこと。そんなことより、はやくこの手をはなしてよばか。