主役お断り。~私がテレビを消した理由~
最近、本当にテレビが面白くない。
ドラマに限らず、ニュースもワイドショーも、どれをつけてもパッとしない。元々バラエティは「面白くないな」と思ってあまり見ない方だったけれど、いよいよ本格的に、我が家のテレビの存在意義が危うくなっている。なんでこんなに面白くなくなっちゃったんだろう、って本当に不思議。
そんな風に冷めた目で番組表を眺めていると、ふと、世間でよく聞く高尚な言葉が頭をよぎる。
『自分の人生の主役は、自分』
いっけんすると「おお、カッコイイこと言う!」って騙されそうになるけれど、よくよく考えてみたらこれ、中身スカスカのただの綺麗事だよね?
もちろん、その言葉の意味も言いたいことも、分かるし、理解しているつもりではある。
「自分の力で前向きに道を切り開いていこう」とか、そういうポジティブな応援を含んでいるんだろうな、とは思う。
だけど、「主役」という言葉を使っているということは、もっと詳細に言えば、
「自分の人生という『ドラマ』の中では、主役は自分」ということだよね?
ということで、テレビの中のドラマと、私たちが生きる実際(現実)のドラマを、ちょっと照らし合わせて比べてみたいと思った。
きっとこの言葉を最初に作った人は、「いいこと言った!」ってドヤ顔で満足したんだろう。だけど、あえてそんなカッコイイ言葉で言われなくたって、現実ではほとんどの人が「主役」じゃなくて「脇役」だ。でもみんな、ドラマを支える名バイプレイヤーみたいに、それぞれの場所で一生懸命頑張っているんだと思う。
そう思って改めてテレビのドラマを観察してみると、あまりにもおかしなことばかりが目に付く。
だって、テレビの中にいる「主役」たちの世界線って、現実ではあり得ない嘘とご都合主義のオンパレード。
まず朝からしておかしい。寝坊したからって、トーストを咥えて「遅刻遅刻〜!」なんて家を飛び出る奴、現実にいねーよ!!!
実際の寝坊なんて、心臓バクバクさせながら髪を振り乱して飛び出す修羅場でしかない。なのに彼らは、そんなベタな少女漫画ムーブをかました挙句、角でバッタリ見知らぬ美男美女とぶつかって「運命の出会い」を果たしたりする。
オフィスに行けば行ったで、わざわざぶつかるために山積みにした書類を盛大にぶちまける大惨事を起こす。
現実ではただの不注意なのに、なぜかそこでも「あ、すみません」なんて手が重なりそうになって見つめ合う。
それだけじゃない。お昼休みにちょっとおしゃれな公園で手作りお弁当を広げていたら、さっきの相手と「あ!」ってまた偶然の再会。
……んなことねーよ!!!
こちとら現実の昼休みなんて、デスクで急いでコンビニ弁当を食べるか、定食屋ラーメン屋に駆け込むか、そんな感じじゃない?(ラーメン屋も混んでるかもだけどw)
百歩譲って、そんな非現実的なイベントはフィクションの華として許そう。だけど生活感まで嘘くさいのはどうなの?
「今月ピンチ〜」とか言っている主人公に限って、都心のデザイナーズマンションみたいな良い部屋に住んでいて、毎日違う素敵な洋服を着ている。靴もカバンもいつだってピカピカ。
あの輝き、出がけに玄関でシュッとする簡易靴磨きのそれじゃないよ?プロが高級ワックスで磨き上げたとしか思えないレベル。
おまけに仕事帰りに同僚と行くお店は、やたら繁盛しているのに、なぜかカメラが撮りやすい真ん中の特等席だけポッカリ空いている馴染みの居酒屋。
毎日毎日そんな生活して、服も1ヶ月分31着は持ってて、お給料いくらですか?手取りいくら貰ってるんですか?ってマジで会社に突撃して問い詰めたくなる。
食べ物の扱いだって冷める。
ラーメンを食べるシーンで、箸ですくった麺を上下にフリフリ揺らしながら長セリフを喋る。早く食べろよ!!麺が伸びるだろ!!気になってハラハラしっぱなしだ。
だから、ラーメン食べながらの演出はやめたほうがいいよ。現実ではホントそんな食べ方あり得ないから。(猫舌の人はフーフーするだろうけど)
そして極めつけは移動マジック。感情が高まった主人公が街中をガチの全力疾走。(現実で大人がそんな走り方してたら事件かと思って周りが避ける)
そこからCMを挟んだら、次の瞬間には都会から一瞬で海にワープしている。現実のあのヘトヘトになる移動時間を完全に無視した「どこでもドア」状態。
しかも、なぜかそのワープ先の海岸に、あの偶然出会った相手が先回りして佇んでいて「あ、あなたも……?」って。
ねーーーーーーーよ!!!!ストーカー案件だよ、それ。
普通のドラマなら3ヶ月、わずか8回から10回で、あらかじめ決まっていた起承転結の【結】に向けて、レールの上を綺麗に走っていけばいい。
でも、本物の人生はずーーーっと続く。ドラマチックなBGMもなければ、綺麗に照らしてくれる照明もない。1秒先、明日何が起きるかさえ分からないぶっつけ本番の暗闇を、生活費の計算をしながら泥臭く手探りで歩いているのだ。
そんな、全部をお膳立てされたドラマの住人を引き合いに出されて、「あなたが主役です!」なんて言われても、無理です!!はい!!ってなる。
だからこそ、私が唯一好むドラマのジャンルは「タイムワープもの」だったりする。
最初から現実の日常と地続きじゃないファンタジーなら、現実と照らし合わせて「ねーよ!」と目くじらを立てる必要がないから。純粋にフィクションとしての嘘を100%エンターテインメントとしてワクワク楽しめる。
……ただ、残念なことに、日本のドラマはここでも力尽きる。
タイムワープ物は【承】あたりまでは最高に面白い。だけど【転】に入ったあたりから、風呂敷を広げすぎて回収できなくなり、最後の【結】は「あーあ……」のどっちらけ。
10話そこらの短い尺のせいで、後半の時間が圧倒的に足りなくなるんだろうね。そうなると、前半で「こいつあまり重要じゃないよね……」と感じていたキャラが、物語を無理やり動かすための生贄のように途中であっけなく死んで退場したりする。
それこそ脚本家の都合に合わせた「ご都合主義の【転】」の最たるもので、もう見る側としては完全に心が置いてけぼり。
リアルな日常を描けばご都合主義の嘘ばかり。現実を忘れさせてくれるSFを描けば、最後は風呂敷を畳めずにどっちらけ。
エンドロールが流れ、期待が大きかった分だけ、なんだかどっと疲れが押し寄せてくる。
テレビが用意してくれる「劇的なドラマ」に、もう私の心がときめくことはないのかもしれない。
……と、ここまで散々テレビのドラマを叩いておいてなんだけど。
もしも、もしもだよ?何かの拍子に、それこそ今流行りの「転生」でもしちゃったら?w
私は俳優になりたいね。それも、メンタル強靭で、一生「主役」だけを演じ続けられる超大物俳優に。
だって、最初から最後まで脚本家に守られて、成功しか約束されていない作り物の世界の主役なんて、やってみたらきっと最高に楽しいに決まっているから―――。
ということで……。
今日も私は、台本のない「1秒先もわからない」本物の現実を生きながら、やっぱり静かにテレビの電源を切るのであった。ふぅ…。




