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大陸戦記〜魔導帝国と自由共和国の記録より〜  作者: 三來


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02.共和国、首都より



 平原にアンデ帝国の第一魔導兵団が到着する数日前。


 グリブロ共和国の首都・ダリウスは、緊張と熱気に包まれていた。


 中央広場に設けられた演壇の上で一人の女性が、民衆に向かって力強く語りかけていた。


彼女こそ、共和国の若き指導者、ソフィーリア・リンデルクであった。



「親愛なる共和国の市民諸君! 我々の愛する祖国は今、未曾有の危機に瀕している! 圧政の象徴であるアンデ帝国が、その魔導の軍靴で、我々の自由な大地を踏み躙ろうとしているのだ!!」


 ソフィーリアの声は、広場を埋め尽くした数万の民衆の心に、直接届くように響いた。


 彼女のその言葉に、民衆は拳を握りしめ、あるいは固唾を飲んで聞き入っている。


 ソフィーリアは亜麻色の髪を風になびかせ、翠色の瞳に、強い意志の光を宿していた。


 平民の出身でありながら、類稀なるカリスマ性を持ち、国を憂う純粋な情熱を宿している彼女。

 それは多くの人々の心を掴み、それ故に彼女たちは、抵抗の象徴となったのだ。

 


「彼らは言う! 大陸の統一こそが、真の平和をもたらすのだと!! しかし、諸君、それは偽りだ。帝国がもたらすのは、力による支配と、服従の平和に過ぎない!! 我々が求めるのは、そのような偽りではない!! 求めるのは、一人一人が尊厳を持ち、自由に生きることのできる、真の平和なのだ!!」


 その言葉に賛同するような、熱狂的な歓声が広場を揺るがした。

 ソフィーリアは、その光景を感慨深げに見つめながら、言葉を続ける。


「我々の祖先は、帝国の圧政から逃れ、この地に自由の国を築いた。その血と汗の結晶であるこの共和国を、我々の代で終わらせてはならない!! 帝国に屈することは、我々の歴史を、そして未来を、自ら否定することに他ならない!!」



 演説を終えたソフィアが演壇を降りると、一人の屈強な男が彼女を出迎えた。共和国軍の重鎮。老将、マルクス・イェーバー将軍である。


「お見事な演説でしたな。これで民衆の士気も大いに上がったことでしょう」


「ありがとう、マルクス。でも、本当に重要なのはこれからよ。前線の様子はどう?」


 ソフィーリアは、彼の労いの言葉にも表情を緩めることなく、厳しい口調で尋ねた。

 二人は、人混みを避け、作戦司令部へと向かう。


「ご報告します。敵の先鋒は、第一魔導兵団。率いるは、アレクサンダー・フォン・アイヒンガー。予想通りの進軍経路です」


「アイヒンガー……あの天才か」


 ソフィーリアの口から、思わずため息が漏れる。


 アレクサンダーの名は、ソフィーリアも知っていた。

 卓越した戦術眼も勿論だが、帝国にしては珍しい、騎士道精神を重んじる高潔な人格の方が強く記憶に残っていた。


 敵でありながら、どこか共感めいた感情を抱いてしまう、不思議な人物である。


「ええ。厄介な相手です。しかし、こちらも万全の態勢を整えております。私が築いた防衛線は、そう簡単には破れません」


 イェーバーは、自信に満ちた表情で言った。


 長年の経験に裏打ちされたその言葉は、ソフィアの不安をいくらか和らげてくれる。


「頼りにしているわ。でも、決して無理はしないで」


「……それは、国を守る命運を託された兵士を前にして言うべき言葉ではありませんな」


 イェーバーは、思わず苦笑いを浮かべた。


 ソフィアの原初の理想は無血戦場。


 誰一人失うことのないように、戦いに身を投じた彼女の根底は現実を知った今でも変わらない。


 理想を追い求めるソフィーリアと、現実を見据えるイェーバー。


 二人は、しばしば対立することもあったが、その根底にある国を思う気持ちは同じであった。


 だからこそ、お互いに信頼し合っているのだ。




 司令部に戻ったソフィアは、広大な作戦地図の前に立った。


 無数の駒が置かれた地図は、刻一刻と変化する戦況を映し出している。


 赤い駒は帝国軍、青い駒は共和国軍。その一つ一つが、命を持った人間の集まりなのだと思うと、ソフィアの胸は締め付けられるようだった。



 彼女は、なぜ戦わなければならないのか、という根源的な問いに、いつも苛まれていた。


 しかし、今は感傷に浸っている場合ではない。彼女には下さなければならない決断がある。


「マルクス、一つ、あなたに任せたいことがあるの」


「何なりと」


「敵の補給路を断つの。ただし、大規模な部隊は動かせない。少数精鋭の別動隊を編成して、山脈のを抜けて、敵の背後を突くのよ」



 それは、あまりにも大胆不敵な作戦だった。成功すれば、帝国軍に大打撃を与えることができるだろう。

 しかし、失敗すれば、貴重な兵力を失うだけでなく、作戦に参加した者たちの命も危うい。


「……危険すぎます。それに、そのような困難な任務を遂行できる部隊が、今の我が軍にあるかどうか」


 イェーバーは、難色を示した。しかし、ソフィーリアの決意は固い。


「いるわ。あなたも知っているはずよ。彼らなら、きっとこの任務を成功させてくれる」




 ソフィーリアの脳裏には、ある部隊の姿が浮かんでいた。


 共和国軍の中でも、ならず者ばかりを集めた、いわくつきの部隊。


 しかし、その戦闘能力は誰もが認めるところであった。

 彼らを率いるのは、一癖も二癖もある一人の男。ソフィーリアは、その男に共和国の未来を託すことを決意したのだった。


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