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大陸戦記〜魔導帝国と自由共和国の記録より〜  作者: 三來


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01.平原より。

 永きに渡る動乱の時代。


 広大なエタリア大陸は、二つの大国によって二分されていた。


 東に位置し、皇帝を絶対の支配者として戴くアンデ帝国。

 そして、西に広がり、自由と平等を国是とするグリブロ共和国。


 大陸を南北に貫く「世界の背骨」と呼ばれる雄大な山脈が両国を隔てるように存在しているが、その自然の障壁も、燃え盛る敵意の前には無力だった。


 


 アンデ帝国は、古代文明の遺産である魔導技術を独占していた。

 鋼鉄の装甲に身を固めた魔導兵団は、帝国の威光の象徴であり、その進軍を阻むものはいないとさえ言われている。


 対するグリブロ共和国は、建国の理念である騎士道精神を重んじ、伝統的な剣と槍、そして市民の愛国心を武器に帝国の脅威に抗い続けていた。

  しかし、魔導兵器の前では、その崇高な精神も、しばしば無力さを露呈せざるを得なかったのである。


 やがて圧倒的な戦力差を覆すため、共和国では対魔導ライフルが生み出された。


 そうして、両国の戦いは幾度となく繰り返されてきたのであった。




 大陸歴723年、春。


 雪解け水が大地を潤し、新たな命が芽吹く季節。


 しかし、エタリア大陸に訪れたのは、希望の春ではなかった。


 アンデ帝国皇帝、フリードリヒ四世は、大陸全土の統一を宣言。


 その野望を実現すべく、史上最大規模の軍隊を共和国領へと差し向けたのである。


 後に「春雷作戦」と呼ばれるこの軍事行動は、大陸全土を巻き込む大戦の幕開けを告げるものであった。



 帝国の先鋒を率いるのは、若き将軍アレクサンダー・フォン・アイヒンガー。


 齢二十五にして、帝国の将軍位にまで上り詰めた彼は、貴族の出身でありながら、その地位に驕ることなく、常に冷静沈着、そして公正な判断力で厚い信頼を勝ち得ていた。


 彼の率いる第一魔導兵団は、帝国軍の中でも精鋭中の精鋭として知られ、その名は共和国の兵士たちにとって恐怖の代名詞となっていた。






「全軍、進軍を停止。ここで野営の準備に入れ」



 夕暮れの迫る平原で、アレクサンダーは馬上から冷静に指示を下した。

 

 彼の声は、決して大きくはないが、不思議とよく通る。


 兵士たちは、その一言で、一糸乱れぬ動きを見せた。


 天幕が張られ、篝火が焚かれ、野営の準備が着々と進んでいく。その様子を、アレクサンダーは丘の上から静かに見下ろしていた。



 彼の鋼色の髪が、夕風に静かになびく。


 彫りの深い端正な顔立ちは、まるで古代の彫刻のようであったが、その蒼い瞳の奥には、深い憂いの色が浮かんでいた。


 

 眼下に広がるのは、これから戦場となるであろう、穏やかな田園風景。

 黄金色の麦畑が風に揺れ、小さな村からは、人々の生活の営みを思わせる煙が立ち上っている。



 しかし、それも明日には、戦火に焼かれ、灰燼に帰すのかもしれない。




「将軍、斥候からの報告です」



 副官であるレギウスが、敬礼と共に報告書を差し出した。

 アレクサンダーは、それを受け取ると、素早く目を通す。




「……そうか。やはり、この先に共和国軍の防衛線が。規模は?」


「はっ。およそ三個師団。司令官は、マルクス・イェーバー将軍とのこと」


「イェーバー……あの老将か。厄介なことになったな」


 マルクス・イェーバー。


 共和国軍の歴戦の勇士であり、その名は帝国軍にも広く知れ渡っていた。


 守りの名将として知られ、彼が守る拠点を陥落させるのは、容易なことではない。アレクサンダーの眉間に、わずかに皺が寄る。



「ご命令を。このまま夜陰に乗じて奇襲をかけましょうか」



 血気にはやるレギウスの言葉に、アレクサンダーは静かに首を振った。



「いや、それは愚策だ。イェーバー将軍が、そのような単純な手に乗るとは思えん。あの老将ならば、罠の可能性も充分にある。……今夜は兵を休ませろ。戦いは明日だ」


「しかし、それでは敵にも休息の時間を与えることになります」


「構わん。正々堂々と正面から叩き潰す。それこそが、帝国のやり方であり、ひいては敵の士気を挫く最も効果的な方法だ」



 その言葉には、絶対的な自信が満ち溢れていた。レギウスは、それ以上何も言わず、深々と頭を下げた。

 若き将軍の戦術眼と、その揺るぎない自信を、彼は誰よりも信頼していたからだ。


 レギウスが去った後、アレクサンダーは再び眼下の風景に目をやった。


 彼の脳裏に、故郷の風景が蘇る。


 妹のエリザベートは、今頃どうしているだろうか。


 帝国の正義を信じて疑わない純粋な瞳。その瞳は、いつから濁ってしまったのだろう。



 戦争の虚しさを感じながらも、彼は戦い続けるしかなかった。


 それが、アイヒンガー家に生まれた者の宿命であり、そして、彼が背負った責務であった。


 彼は、静かに空を仰ぐ。

 夜の帳が下り始めた空に、儚く輝いている一番星が、やけに虚しく瞳に映った。


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