第97話《遠足》
朝の光がやわらかく庭を包んでいた。
昨日まで焦げていた芝は、バルドランの地属性魔法で見事に元通り。
ハクとクロが駆け回り、そのあとを小さな炎の鳥が追いかけていた。
炎色の羽をきらめかせながら、ふわりとリカリーネの肩にとまる。
その姿にナユが目を細めた。
「リカちゃんの幻影獣、ずいぶん上手に飛べるようになったのです!」
「でしょ!炎の流れも安定してきたし、羽の形もちゃんと保てるようになったの!」
リカリーネが胸を張ると、幻影獣がチュッと鳴いた。
小さな炎の粒が空へ舞い、朝日に溶けていく。
「そういえば、その子の名前……まだ聞いてなかったのです」
リカリーネの瞳がぱっと輝く。
「ふふん!実は決めたのよ!――“ヒナ”!」
「な、名前ヒナにしたの!?そのまんまなのです!」
「いいじゃない!フェニックスの雛だから、ヒナ! 覚えやすいでしょ!」
「……リカちゃんらしいのです」
「ナユだって大差ないじゃないの!」
ナユが笑うと、ヒナがくるりと宙返りした。
ハクとクロも負けじと駆け回り、三匹が庭を駆け抜ける。
その光景にミナが目を輝かせ、ナユの母が手を叩いた。
「まぁ、きれい……ほんとうに仲良しなのね」
父も穏やかに頷き、セバスチャンが静かに微笑んだ。
そんな穏やかな空気の中、バルドランが杖を軽く地に突く。
「さて……これでわしの役目も終わりじゃな」
ナユは小さく息をのむ。
「……先生、行ってしまうのですか?」
「ほっほ、旅というのはそういうものじゃよ。弟子が巣立てば、師は次の地へ向かう。リカリーネ、支度は済んでおるな?」
「もちろんです、先生!」
その言葉にナユは少し寂しげにうつむいたが、
やがて顔を上げ、ぽんと手を叩いた。
「――だったら!最後にみんなで遠足に行くのです!」
「遠足?」
リカリーネ、ミナ、セバスチャン、ナユの両親、全員の声が揃った。
「そうなのです!ハクもクロもヒナも、外で思いきり遊びたいのです!お弁当を持って、近くの草原まで行くのです!」
言い切るナユに、全員がぽかんとした顔で見つめ返す。
「……え?お弁当?草原?」
「遠足とは……訓練の一種ではないのかの?」
ミナが小さく首を傾げる。
「お嬢様、それは……その、何の目的の行動なのでしょう?」
「ふふ、ナユらしいわね」
母が笑う。
父はため息をつきながらも、どこか楽しそうだった。
「目的は決まってるのです!おやつは三百円までなのです!」
「……さんびゃく……えん?」
その瞬間、全員の動きが止まった。
ミナ、セバスチャン、リカリーネ、バルドラン、そして両親までもが顔を見合わせる。
「え、えんって……何ですか?」
「それは……通貨単位か?」
「三百……多いのか少ないのか分からんのう」
「おやつ、とは何かの訓練食ですか?」
全員の質問が重なり、ナユはあたふたと手を振った。
「え、えっと……おやつは甘い物で!三百円っていうのは、その、買える量の上限なのです!えっと……バルドラン先生!バナナはおやつに含まれますか!?」
「……バナナとは、何じゃ?」
静寂。
そして次の瞬間――
「「「えぇぇぇぇぇ!!??」」」
庭が笑いに包まれた。
リカリーネが腹を抱えて笑い、母が涙を拭う。
ミナも笑いながら「未知の果実……!」と呟く。
バルドランは少し困った顔で髭を撫でた。
「ふむ、では遠足とやらは“未知の果実探し遠征”という事でよかろう」
「賛成なのです!」
ナユの元気な声が朝の空に響く。
八人と三匹の影が、春風の吹く草原へと遠足をする事になった。
その笑い声は、屋敷の屋根を越え、空へと広がっていった。
「今日の記録:先生とリカちゃんが旅立つ前に、みんなで遠足に行くことになったのです!ハクとクロとヒナも一緒! おやつは三百円まで、バナナは……未知の果物なのです! ……日報完了」




