第78話《覚声》
夜が明け、東の空が淡く白む。
ナユはいつものように《メモ》を確認しようとして――止まった。
視界の奥に、見慣れない光の線が浮かんでいる。
幾つもの魔法式が絡み合い、中心で脈動していた。
――《未来設計》、起動。
頭の中に、柔らかい声が響いた。
『おはようございます、ナユ』
「……へ?」
声は、外ではなく内側から響く。
心に直接届くような、けれど機械でも神でもない、不思議な声。
『わたしは《未来設計》の補助意識です。あなたの思考支援と行動補正を担当します』
「し、思考支援……? 行動補正?あ、あなた、誰なのです?」
『識別名が未登録です。登録しますか?』
ナユは数秒、ぽかんとした後、小さく息を飲んだ。
「……そういうの、好きなのです」
小声で笑う。
まるで“某スライムの賢者”みたいだ、と心の中でツッコむ。
「なら、あなたの名前は――ミラ。未来の“ミ”に、ラの響きなのです」
『登録完了。――わたしの名はミラ。これからよろしくお願いします、ナユ』
「よ、よろしくなのです!……何か、わたし専属のサポートAI……みたいな感じなのです?」
『概ね正解です。ただし、わたしは“意志”を持ちません。あなたの思考を補完し、道を照らすだけです』
「十分なのです!」
ナユの心が躍る。
これで、願いも、時間も、目標も、全部ひとつに整理できる。
『では、初期設定を始めます。目標を確認しますか?』
「もちろんなのです。深淵踏破――それが、わたしの目標なのです!」
『了解。進行計画を作成します。――開始しますか?』
「開始なのです!」
光の粒が舞い上がり、ナユの頭の中に淡い未来図が広がる。
道筋、日課、訓練、そして願いの残数までもが精密に並ぶ。
小さな胸が高鳴る。
「これが……わたしの“未来”なのです……!」
『ナユ、行動開始の時刻は午前七時。現在、残り一時間四十五分です』
「了解なのです!」
ナユは布団を跳ね飛ばし、勢いよく立ち上がった。
ミラの声が穏やかに笑う。
『では、本日も――報連相、開始ですね』
「うん!今日も一日、頑張るのです!」
◆
「今日の記録:《未来設計》が起動。頭の中に“ミラ”の声が生まれたのです。未来が見通せるようになった、そんな気がするのです。これからは一人じゃないのです!……日報完了」




