第77話《布石》
朝の光が机の上のノートを照らしていた。
ナユはいつものように《メモ》を開き、昨日の内容を確認していた。
「メモ、時計、鑑定、蓄願、アイテムボックス、エリクサー……全部、今のわたしを作ってきた力なのです」
言葉の端に少し誇らしさが混じる。
けれど、その目はどこか遠くを見ていた。
「でも、どこまで行っても“準備”ばかりなのです」
ナユの頭に浮かぶのは、あの日聞いた“深淵”という名。
勇者達でも踏破出来なかった、人智を超えた迷宮。
そこに挑む為には、ただの知恵や技では足りない。
「次に欲しいのは、“先を読む力”なのです」
ナユは布団の上で小さく正座し、《メモ》に新しいページを作る。
タイトルを打ち込む。
《第七の願い候補:未来を見る力(仮)》
「未来を見る……でも、ただ未来を知るだけじゃダメなのです。行動に結びつけられないと、意味がないのです」
ナユの中のサラリーマン魂が顔を出す。
“情報だけではなく、分析・予測・行動”まで落とし込む――それが報連相の極意。
「未来を“管理”するスキル……たとえば、予兆とか、流れを読むような……」
頭の中にいくつもの案が浮かび、次々と《メモ》に書き込まれていく。
・《予兆視》……未来の小さな出来事を感覚的に察知
・《未来記録》……自分の選択による分岐をノートで可視化
・《流観》……魔力や人の動きの流れを“見える化”
「うーん、どれもそれっぽいのです……でも、“未来”って本当に見えるものなのかな?」
眉を寄せて考え込む。
その時、窓の外から鳥の声が響いた。
ナユはふと空を見上げ、微笑む。
「……未来は、作るもの、なのです」
その一言と共に、決意が固まった。
「よし、願いの名前は《未来設計》なのです!」
自分で決めたその言葉が胸にしっくり来た。
未来を“設計”する――それは、彼女の前世の仕事そのもの。
心の中で、静かに願いを紡ぐ。
「神様、次の《願い》は――“未来設計”が欲しいのです」
瞬間、頭の奥に微かな光が生まれた。
新しいページがひらかれる。
【新スキル獲得:《未来設計》】
《メモ》《時計》《鑑定》《蓄願》と自動連動。
行動計画を“可視化”し、実行ごとに進捗を記録。
行動結果を予測する補助シミュレーション付き。
「これが……“未来を見る”じゃなく、“未来を作る”力なのです」
ナユは小さく息を吐き、笑みを浮かべた。
「これで、わたしのスローライフも、アビス攻略も、両方完璧なのです」
窓の外で朝日が昇る。
その光が、彼女の琥珀の瞳に映り込んだ。
「今日の記録:《未来設計》獲得。過去の願いを生かして未来を作るスキル。準備の段階は終わり。これからは“行動”の時なのです。……日報完了」
『……』




