第76話《整理》
夜。
屋敷の灯が落ち、寝静まった部屋の中。
ナユは布団の中で、そっと目を開けた。
「……そろそろ、“願い”をきちんと整理する時なのです」
頭の中で《メモ》を開く。
いくつものフォルダが並び、その中に“願い管理フォルダ”が光る。
◆
一つ目:《メモ》
最初に願いで得たスキル。
サラリーマン時代の“報連相魂”が疼いて得たスキル。
脳内ノートで、フォルダ分けもタグ管理も自由自在。
「忘れない仕組みがあれば、ミスは減るのです」
家庭、村、自分。
フォルダを分けて、毎日日報を更新。
いまではもう、《メモ》を開かずに眠る日はない。
◆
二つ目:《時計》
これは“時間を守る為”の願い。
サラリーマン時代に一秒単位で動いていた習慣の名残。
視界の右上に、現在時刻が浮かぶ。
23:50:00。
ぴたりと正確に表示されていた。
「アラームもあるし、これで寝坊も忘れも無し、なのです」
◆
三つ目:《鑑定》
健康管理と、美少女として究極的な成長の為に得たスキル。
食べ物等は、栄養や美容効果が見える。
おかげでナユの食卓は、今や栄養満点。
母が作る料理に「塩分注意」「ビタミン良好」の表示が出るたび、心の中で「完璧なのです」と頷いていた。
「美少女への第一歩は、体の中から整えるのです!」
◆
四つ目:《蓄願》
“願い”を貯めておけるようにと願ったスキル。
これで、最大三つまで“ストック”可能になった。
大きな願いを使う時の為に、じっくり貯めておく。
「焦らず、計画的に使うのです。サラリーマンの心得、PDCAサイクルなのです」
◆
ここからはこの三年で取得したスキルなのです。
五つ目:《アイテムボックス》New!
空間に小さな“亀裂”を開き、手を入れると――
欲しい物がノータイムで出てくる。
中は、なんと東京ドーム百個分。
時間も止まる為、食材も腐らない。
しかも最近気づいたのは――
中を“覗ける”ようになった事。
棚のように並ぶ食材、薬草、そして――
光を反射する小瓶が整然と並んでいる。
◆
六つ目:《エリクサー》New!
毎日、一日の願いでコツコツ作ってきた。
どんな傷も病も魔力欠乏も、一瞬で癒す神薬。
現在の在庫、約千本。
「ふふっ、完璧な備蓄なのです……!」
一つ一つがお屋敷を一つ買えるほどの価値だと鑑定で調べた。
それを無邪気な笑みでアイテムボックスに並べている。
◆
静かな夜気が流れる。
ナユは小さく息を吐いた。
「……でも、そろそろ“願い”を次の段階に使いたいのです」
目指すのは、深淵。
赤ちゃんの頃に決めた、人生最大の目標。
これまでの“願い”は、全てその為の土台。
準備は整いつつある。
「次は、“未来を見る力”が欲しいのです。アビスを踏破する為に、もっと広い視野を」
《時計》の数字がぴたりと動いた。
0:00:00――願いリセット完了。
「さて……次の願い、どう使おうかな?」
琥珀色の瞳が夜明けの前を見つめる。
静かに、《メモ》の新しいページを開いた。
「今日の記録:これまでの願いを整理。メモ・時計・鑑定・蓄願・アイテムボックス・エリクサー。どれもアビス攻略のための基礎。次の願いは“未来を視る力”……考えるのです!日報完了。」




