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第75話《初使》

 朝の陽射しが窓をくすぐり、屋敷の食堂にのんびりとした空気が流れていた。

 パンの香りが漂う中、バルドランが新聞のような魔道紙をたたみながら言った。


「今日は授業を休みにする。ナユ、買い出しを頼む」


「おつかい、なのです!?任せてくださいなのです!」


 椅子から飛び上がったナユの声が響く。

 その元気さに、リカリーネがうんざりとため息をついた。


「おつかいって……子供じゃないんだから」


「子供じゃないのです!もう三歳と半年なのです!」


「十分子供よ!」


 横でミナがくすっと笑い、淡い緑の髪を揺らした。


「リカリーネ様、護衛兼監督としてご同行をお願いします」


「なんで私が!?」


「お嬢様を一人にするのは危険ですので」


「……ちょっと、言い方が地味に刺さる!」



 王都南区の市場。

 露店が並び、香辛料と焼き菓子の匂いが風に混ざる。

 その中をナユ、リカリーネ、ミナの三人が歩く。


「見てくださいリカちゃん!果物がきらきらしてるのです!」


「磨かれてるだけよ!」


「リカちゃん、ツッコミ上手なのです!」


「褒めてない!」


 ミナは冷静にメモを見ながら歩く。


「目的は食料と魔導紙、それに調合用のハーブ……」


「はーい!ぜんぶ買うのです!」


「ぜんぶはやめて!」


 ナユのテンションは市場のテンポを上回り、店主達が思わず笑顔を見せる。

 だが――


「すみませーん、こちらもお願いできますか?ちょっと重くてねえ」


 親切そうな店主が渡したのは、麻袋に詰まったジャガの山。

 リカリーネの腕がぷるぷる震える。


「……ちょっと!?これ、冗談でしょ!?」


「リカちゃん、がんばるのです!」


「アンタは他人事みたいに言わないで!!」


 ミナが心配そうに見守る中、リカリーネはついにギブアップ。


「もう無理!腰が死ぬ!」


 そこでナユが一歩前へ出た。

 手を合わせ、にこっと笑う。


「仕方ないのです。見ててくださいなのです――!」


 彼女の足元に光陣が六重に展開された。

 空気がびりっと震える。


「《ブースト》!《ブースト》!《ブースト》!《ブースト》!《ブースト》!《ブースト》!」


 光がはじけ、ナユの小さな体が一瞬だけ神々しく輝く。

 彼女はそのまま――袋をひょい。


「軽いのです!!」


 周囲の商人がざわつく。


「ろ、六重強化!?」

「あの子、手ぇ震えてないぞ!?」


 リカリーネは口をぱくぱくさせる。


「アンタ……それ、普通の魔導士でも気絶するやつよ!?」


「だいじょうぶなのです!朝のストレッチなのです!」


「ストレッチじゃないわ!!!」


 ミナが肩をすくめて笑う。


「お二人とも、そろそろ帰りましょう。お菓子が溶けます」


「お菓子!?早く帰るのです!!」


「単純か!!」



 屋敷に帰ると、バルドランが扉の前で腕を組んで待っていた。


「ふむ、無事戻ったか。よくやった」


「完璧なのです!」


 リカリーネはため息をつきながら答える。


「……もう二度と付き添わない」


「また一緒に行くのです!」


「絶対に行かない!」


「ふふ、仲良き事は美しきかな」とミナ。



「今日の記録:初めてのおつかいに行ったのです!リカちゃんとミナさんが一緒で、とても楽しかったのです!荷物が重くてリカちゃんが大変そうだったので、身体強化を六重詠唱でやってみたら軽かったのですでも、あとでちょっと足がプルプルしたのです!……日報完了!」

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