第74話《共闘》
朝の光がまだ冷たい芝を照らし、露が小さくきらめいていた。
ナユは胸の前で両手をぎゅっと握り、昨日のぎこちない空気を引きずったまま顔を上げる。
「昨日は……ごめんなさいなのです」
「別に気にしてないわ」
リカリーネはそう言いながらも、視線を逸らした。
頬の熱はもう消えているはずなのに、わずかに火花が残っているようだった。
「さて」
バルドランが杖を地に叩く。乾いた音が草を震わせた。
「今日の課題は《ユニゾン・レイド》――共鳴詠唱だ。目標は“光と炎”の融合魔法の成功」
「ユニゾン……レイド?」
ナユが首を傾げる。
リカリーネは即座に胸を張った。
「そんなの、もちろん知ってるし!」
「ほう。では説明してみろ」
バルドランの穏やかな声に、リカリーネの口がぴたりと止まる。
「え……えっと……」
「知らないのです?」
「う、うるさい!」
ナユがくすっと笑う。
バルドランはひげを撫でながら、柔らかく頷いた。
「《ユニゾン・レイド》とは、異なる属性の詠唱と魔力を同時に合わせ、一つの術式へ昇華させる――共鳴詠唱の事だ。心が乱れれば魔力は衝突し、暴発する。息を合わせ、心を揃えることが肝心だ」
「む、難しそうなのです……!」
「簡単に見えて難しい。それが“共鳴詠唱”じゃ」
そう言って、バルドランは杖を高く掲げた。
地に淡い光が走り、広がる魔法陣から灰色の靄が吹き上がる。
「――出でよ、幻影獣!」
靄が蠢き、影が形を持ち始めた。
黒い四肢が現れ、瞳だけが赤く光を放つ。
ナユは思わず息を呑んだ。
「わあ……これが、《シルエット・ビースト》なのですか!」
「訓練用の幻影体よ。魔力に反応して襲ってくるわ」
リカリーネが素早く構えを取る。
ナユも一歩下がり、光を練り込む。
「恐れるな。攻撃は本物と同じだが、命は取らぬ。倒すには二人の魔力を重ね、《ユニゾン・レイド》を成功させるしかない」
「やってやるわ!」
「頑張るのです!」
バルドランの声が鋭く響いた。
「――戦闘開始!」
◆
リカリーネが先に走る。
「炎よ、敵を穿て――《フレアアロー》!」
紅の矢が空を裂く。
だが、影の獣は煙のように身をねじり、かわした。
「くっ、外した!?もう一発――!」
「ま、待つのですリカちゃん! 合わせないと!」
ナユの光が遅れて伸び、炎とぶつかり爆ぜる。
爆風が二人を押し戻し、土を跳ね上げた。
「ちょっと!余計な事しないでよ!」
「合わせたつもりだったのです!」
影の獣が咆哮し、爪を振り下ろす。
二人は反射的に左右へ跳び退き、地面に滑り込んだ。
「感情を抑えろ!」
バルドランの声が低く響く。
「魔力は心を映す。争えば、術は砕けるだけだ!」
息を荒げながら、二人は目を合わせる。
その一瞬、苛立ちが静かに溶けた。
「……行くのです」
「ええ、今度こそ」
炎と光が再び生まれる。
紅と白の粒子が空気に溶け、共鳴を始めた。
「光よ、炎と交わり――」
「炎よ、光に重なれ――」
二人の詠唱が響き合い、魔力が螺旋を描く。
紅白の流れが一つに融け、閃光となって走った。
「共に道を照らせ――《フレア・レイジア》!」
紅白の光線が獣を貫いた。
轟音とともに影が裂け、霧のように消える。
風が止み、静寂が戻る。
「……や、やったのです!」
「ふん、当然よ」
リカリーネが息をつき、わずかに笑う。
ナユも満面の笑みで頷いた。
バルドランが杖を軽く地に当てる。
「今のが融合魔法。共鳴詠唱の理想形だ」
ナユは消えゆく光の残滓を見上げ、胸に手を当てる。
「……この子、いつか魔法で作れたらいいのです。また、一緒に練習できるのです」
バルドランは静かに微笑み、頷いた。
◆
「今日の記録:リカちゃんと仲直りして、共鳴詠唱成功!融合魔法で《シルエット・ビースト》を撃破なのです!光と炎が混ざった瞬間、心もひとつになった気がするのです。次はもっと綺麗に放てるように頑張るのです 日報完了」




