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第68話《努力》

 ――アニシアが屋敷を去った夜。


 ミナは眠れなかった。

 胸の奥が熱くて、まぶたを閉じてもあの光景が浮かんでくる。


 手合わせで見たナユの姿。

 柔らかな笑顔のまま、あの強さ。

 そして最後に言った言葉――「アニシアを傷つけたくない」。


 その時、ミナは気づいてしまった。

 ナユはただ強いだけじゃない。

 優しさのために強くなれる人なんだと。


(……わたしも、そんな風に仕えられる人になりたい)


 その想いが、夜の中で何度も何度も浮かび上がった。

 気づけば、東の空がわずかに白み始めていた。



 翌朝。

 まだ霧が残る庭で、ミナは一人立っていた。

 スカートの裾をぎゅっと握り、息を整える。


(よし……今日から、始めよう)


 そこへナユが現れた。

 金色の髪が朝日に透け、琥珀の瞳がやわらかく光っている。


「おはようございます、ミナ。こんな早くからどうしたのです?」


「ナユ様……!わたし、修行したいんです!ナユ様みたいに、強くて、優しい人になりたいんです!」


 ナユは少し驚いたあと、笑顔を浮かべた。


「……いいですね。じゃあ、わたしの訓練に付き合いますか?」


「はいっ!」


 二人は並んで芝の上に立つ。

 霧が薄れ、光が差し込む。


「まずは呼吸です。吸って……吐いて……」


「すー、はーっ……すー、はーっ……」


 ミナの声が小さく震えていたが、目はまっすぐ前を見ていた。

 ナユが一歩踏み出すたびに、足元で金色の光が揺らめく。

 魔力が身体を包み、内側から支えるように循環していた。


「これが、“身体強化魔法”です」


 ミナが目を見張る。


「すごい……体が、軽そうです!」


「うん。全身に“報連相”するのです!」


「ほ、報連相!?」


「そう!“報告、連絡、相談”!体の皆さんに『今日も動くのです!』って声をかける感じ!」


 ナユが真顔で言うので、ミナは思わず吹き出した。


「ふふっ……やっぱりナユ様って、ちょっと変わってます!」


「えへへ、よく言われるのです!」


 二人は顔を見合わせて笑った。

 やがてナユは姿勢を正し、真剣な表情になる。


「ミナ。身体強化は、“無理をしないこと”が大事です。魔力は命と同じ。焦らず、丁寧に」


「……はい」


 ミナは胸の奥で魔力を探すように目を閉じる。

 静かに、呼吸を合わせる。

 すると、心臓の鼓動に合わせて、ほのかな熱が生まれた。


「……あっ……」


 足の先から、身体がふっと軽くなった。

 風が頬を撫で、髪がゆるやかに浮く。


「ミナ!今の感覚、覚えておくのです!」


「わ、わたし……出来ました!?出来たんですか!?」


「うん!初成功です!」


 ミナの瞳が輝いた。

 だが次の瞬間、ふらりとバランスを崩し――


「きゃあっ!」


 そのままナユの胸に飛び込むように倒れた。


「うわっ!?だ、大丈夫ですか!?」


 二人の顔が近づき、ミナは真っ赤になって跳ね起きた。


「す、すみませんっ!びっくりして……!」


「えへへ、でもちゃんと出来てましたよ。努力はちゃんと見てるのです」


 ナユが優しく微笑む。

 ミナは両手を胸に当て、強く頷いた。


「わたし……もっと頑張ります!ナユ様のような、強くて優しいご主人様に仕える、立派なメイドになります!」


「うん!わたしも、ミナに負けないように頑張ります!」


 朝の風が二人の間を抜ける。

 芝の露が陽の光を受けてきらめいた。


 少し離れた場所で、セバスチャンが穏やかに手を組む。


「お二人とも、見事でございます。ミナ殿、その情熱を忘れずに」


「はいっ!わたくし、ナユ様のために強くなります!」


 ミナの声が風に響いた。

 その胸の奥では、熱い火が静かに灯っていた。


 ナユは空を見上げて、少しだけ目を細める。


(努力って、誰かのためにやると、こんなに輝くんだな……)


 光が彼女たちを包み込む。

 小さな二人の決意が、確かにそこにあった。


「今日の記録:ミナ、身体強化初成功。転んでも笑顔。努力は、きっと力になる。――日報完了。」


 詠唱には段階がある、その段階の最終地点『無詠唱』に実はミナが先程やってのけた身体強化魔法こそがそれだと、ここにいる三人は気付かない……。

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