表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/142

第66話《手合》

 午後の陽光が傾き、庭の木々が長い影を落としていた。

 アニシアは紅茶のカップを見つめながら、小さく息を吐く。


「……ねえ、ナユ様」


 少しだけ震える声。


「私、強くなりたいの」


「強く、って……身体の事ですか?それとも心の?」


「どちらも、ですわ。礼法も勉強も稽古も……頑張っているつもりなのに、いつも“まだ足りない”って言われて。どれだけ努力しても、届かない気がして」


 ナユは少し考えてから、真剣に頷いた。


「分かります。誰かの期待を応えるだけじゃ、疲れちゃいますよね」


「あなたは、そういう時どうしてますの?」


「ひとまず、出来た事を数えてみます。“昨日よりちょっと進んだ”って思えば、少しは元気出ますから」


 アニシアが笑う。


「……あなた、年齢の割にずいぶん落ち着いてますわね」


 横で聞いていたセバスチャンが、ゆるく咳払いした。


「――お二人。一つ、提案がございます」


「提案?」


「言葉だけでは伝わらぬ時もございます。力で確かめ合うのはいかがでしょう――“手合わせ”です」


「えっ!?二歳も下の子と!?」


 アニシアが目を丸くする。

 だがナユは笑顔で立ち上がった。


「いいですよ!お稽古の成果を見せます!」


 セバスチャンは軽く頷いた。


「では、庭をお使いください。結界はわたくしが張りますので」



 緑の芝が光を受け、柔らかな風が吹いた。

 向かい合う二人。

 アニシアの黒髪が風に舞い、灰の瞳がまっすぐにナユを見つめる。


「いきます!」


「お願いします!」


 セバスチャンの手が振り下ろされ――


「――始め!」


 アニシアの詠唱が響く。


「“影に宿りて夜を裂け――第二階梯ヴェイル・シャドウ!”」


 黒い霧が広がり、視界が閉ざされる。

 その中でナユが一歩踏み出す。


「光よ、道を――《ライト》!」


 短い詠唱と同時に、閃光が霧を切り裂いた。

 風が弾け、アニシアが目を細める。


「は、速い……!詠唱が、短い!」


「詠唱短縮の練習中です!」


 ナユが前へ跳ぶ。

 掌に光を集め、声を響かせた。


「光よ刃となれ!《レイ・エッジ》!」


 白い刃が空を走り、地面を削る。

 アニシアは防御陣を展開。


「“闇よ、我を護れ――第二階梯シェイド・バリア!”」


 衝突音が響き、光と影が弾けた。

 アニシアの靴が一歩、後ろに滑る。


「くっ……ここまで差があるなんて!」


「まだまだ、練習あるのみですよ!」


 ナユが一気に距離を詰め、手の中の光を消した。

 戦闘の構えをほどき、軽く微笑む。


「これで終わりです」


 アニシアは一瞬きょとんとして――

 次の瞬間、ふっと笑った。


「……完敗ですわ」


 セバスチャンが近づき、二人を見渡す。


「お見事でございました」


 そして静かに、ナユを見た。


「――ナユ様、本気を出されなかったのですね」


 ナユは少し照れたように笑った。


「だって……本気を出したら、アニシアを傷つけちゃいますから、わたし、アニシアを傷つけたくない!アニシアの事が大好きだから!!」


 アニシアは驚いたように目を見開き、それから笑顔で頷いた。

 少し頬が赤くなってるのは気のせい。


「つ、次は、私、負けませんわ。きっと追いついてみせます」


「楽しみにしてます!」


 光と影が重なり、二人の笑い声が風に乗る。

 その背を、セバスチャンが静かに見守っていた。


「今日の記録:アニシアと手合わせ。詠唱短縮、成功。光と影の競演。勝負あり。けれど、どちらも笑顔。日報完了。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ