第64話《日誌》
朝の鐘が鳴る。
窓の外では小鳥が鳴き、柔らかな風が庭を渡っていた。
ナユは机の上にノートを広げ、真剣な顔でペンを構える。
その隣でミナがきょとんとした顔をしていた。
「……それ、また“ほうれん草”ですか?」
「ちがうのです!これは“日誌”なのです!学んだことを毎日まとめるのですよ!」
「にっし……お野菜じゃないんですね?」
「お野菜ではないのです!昨日の“報連相”を進化させた、淑女の記録術なのです!」
ミナは首をかしげながら、ナユの机をのぞき込んだ。
そこには丁寧に線を引かれたページが並び、「目標」「成果」「反省」「学び」と小さな見出しが整然と書かれていた。
「すごい……ナユ様、絵も字もきれいです!」
「“見やすい資料”は信用につながるのです!」
「しりょう……?」
「気にしなくていいのです!」
ナユは得意げに胸を張る。
彼女の中身が元社会人である事を、誰も知らない。
セバスチャンが紅茶を運びながら静かに言った。
「お嬢様は今日もご熱心でございますな。……ですが、“日誌”とは何を記すものなのでしょう?」
「学びを記録して、次に生かすのです!“振り返り”が大事なのです!」
ミナは小声で「ふりかえり……」と呟き、ノートを開いた。
そこには、ぎこちない字でこう書かれている。
『お掃除できた。ほこりがとれた。ナユさまがほめてくれた。しあわせ。』
「……ふふっ、いい“学び”なのです!」
ナユは小さく拍手をした。
ミナの顔がぱっと明るくなる。
セバスチャンは静かに微笑み、深く一礼した。
「お嬢様。これぞ“継続の力”でございますな。努力の芽は、こうして伸びていくのです」
「はい!日々を記録し、努力を育てるのです!」
ナユは自分のノートにも記す。
「今日の記録:ミナ、報連相から“日誌”へ進化。字は少し拙いが心がこもっている。努力の芽、確認。セバスチャン、いつも通り完璧。継続は力。日報完了。」




