第63話《朝会》
朝日が差し込む屋敷の広間。
磨かれた床の中央に、ナユが手を腰に当てて立っていた。
背筋をぴんと伸ばし、まるで小さな上司のようだ。
「さぁ! 本日も一日、がんばるのです!」
ミナが目をぱちくりさせる。
「え、えっと……掃除の事ですか?」
「違うのです!“朝会”なのです!」
「……あさ、かい?」
セバスチャンがいつもの静かな笑みを浮かべて尋ねた。
「お嬢様、それはどのような儀式でございましょう?」
「儀式ではありませんのです!朝会は、“一日の目標を共有する会”なのです!」
「……共有?」
「そう!今日やる事、やりたい事、困ってる事を話す時間です!つまり――“報連相”の朝バージョン!」
ミナは両手を胸の前でそわそわさせる。
「そ、そんなの、貴族の人達もしないですよ……?」
「するのです!人間関係の潤滑油なのです!さぁ、まずミナから!」
「えぇ!? えっと……えっと……」
ミナはあたふたと両手をもじもじさせた。
「……きょ、今日も、お嬢様の訓練をお手伝いします!あと……昨日洗濯してたら、シーツの端っこを踏んで転びました……!」
「素晴らしい報告なのです!」
ナユは小さく拍手した。
「失敗を隠さない姿勢は、社会でも評価されるのです!」
「しゃ、社会……?」
セバスチャンが喉の奥で笑いを堪えながら口を開く。
「では、次は私でございますな。本日の予定――午前に市場で食材の調達、午後は洗濯指導……」
「はいストップ!」
「……はい?」
ナユがぐっと指を突きつけた。
「セバスチャン、目標に“成果”がありません!」
「せ、成果……?」
「目標には定量的な数値を入れるのです!例えば――“洗濯物の乾燥率を百%に上げる”とか!」
セバスチャンが苦笑し、ミナがぽかんとする。
「そ、それ……お嬢様、どこでそんな事……?」
「……前世……じゃなくて、夢で見たのです!」
慌ててごまかすナユ。
セバスチャンは「はは……なるほど」とだけ言い、何も追及しなかった。
「では最後にナユ様の目標をお聞かせ願えますか?」
「もちろんです!今日の目標――“優雅で可憐に魔法を成功させる事!”です!」
ミナがぱっと笑顔になった。
「それならお手伝いします!」
「よろしい!これで会議は終了なのです!全員、今日もK・P・Iを達成しましょう!」
「けー……ぴー……?」とミナ。
「け、計画、行動、……祈り?」とセバスチャン。
ナユはどや顔で頷いた。
「そう!“かわいく・ポジティブに・いきる”の略なのです!」
2人のぽかんとした顔に、ナユは満足げに微笑む。
「今日の記録:朝会開催。報連相の実施率百%。KPIの意味はたぶん違うけど問題なし。チームの士気、良好。日報完了。」




