第62話《初術》
午前の陽光が差し込み、屋敷の中庭に小鳥たちの声が響く。
ナユは芝生の上で両手を広げ、真剣な顔をしていた。
「今日は“魔法”をちゃんと出してみせるのです!」
ミナが首を傾げる。
「いつも光とか出してるのに、それは魔法じゃないんですか?」
「それは練習段階なのです。今日は“言葉を使って”やるのですよ!」
セバスチャンが後ろから静かに見守る。
「お嬢様、呪文詠唱は初めてでございますな。どうぞお気を付けて」
「任せるのです!レディは挑戦を恐れぬのですよ!」
ナユは深呼吸をして、手を胸の前で組んだ。
魔力が静かに集まり、空気がふわりと震える。
「……光よ、集まり、照らすのです――《ライト》!」
ぱっ、と世界が明るくなった。
掌の上に純白の光が生まれ、花のように咲く。
「で、できた……!」
ミナが目を丸くし、両手で口を覆う。
「わぁ……きれい……!」
セバスチャンの瞳もわずかに見開かれた。
三歳児が、呪文を介して魔力を形にした――それは常識ではあり得ない。
ナユは嬉しさを隠せず、きらきらと目を輝かせた。
「これが……初めての“魔法”。レディの力、第一歩なのです!」
「……お嬢様、素晴らしいです。しかし……」
「しかし?」
「その光、まだ消えておりません」
見ると、光球はだんだん大きくなっていた。
「にゃ、にゃんですって!?暴走!?」
慌てて両手をぶんぶん振るナユ。
「消えよ、消えよ、消えなさいのですーっ!」
セバスチャンが苦笑しながら指を鳴らすと、風がふっと吹き抜けた。
光は霧のように溶け、跡形もなく消える。
「制御率、七十点でございますな」
「七十点!?レディは常に満点を目指すのです!!」
ミナが小さく笑う。
「でもすごいですよ。ほんとに魔法が使えるなんて!」
ナユは胸を張って宣言した。
「目指すは、“淑女かつ最強”なのです!」
朝の陽光がその背を照らし、蝶のような光が再び彼女の周りを舞った。
「今日の記録:初の詠唱成功。《ライト》発動。制御率七十%。改良余地あり。次の目標――完全制御と“美しい立ち姿”の両立。日報完了。」




