第5話《信仰》
村を救った翌朝。
広場にはまだ麦の山が残り、パンの香りが漂っていた。
人々は空を見上げ、口々にささやく。
「……あの子から光が!!奇跡に違いない!!」
「神の子が現れたのかもしれん」
視線が一斉にナユへと集まる。
布団の中であくびをしているだけなのに、村人達の目は熱に浮かされたようだった。
「この子は特別だ!神に選ばれし子だ!」
「きっとまた奇跡を起こしてくれるに違いない!」
父と母は困ったように顔を見合わせた。
父は頭をかきながら、母はナユをぎゅっと抱きしめる。
「この子は……ただの私達の娘です」
「そうです。神さまなんて……」
けれど村人達は聞き入れなかった。
ナユは小さな頭の中でため息をついた。
「……いやいや、俺はただの社畜だってば。神でも勇者でもない。普通の転生ラノベ好きサラリーマンなんだよ」
村人の期待が膨れ上がっていく。
ナユは思い出した。
会社でよくあった「過剰な期待」と「無茶ぶり」の事を。
「……そうだ、期待値調整だ。報告・連絡・相談。これを徹底すれば、上司も顧客も少しは落ち着く」
赤ん坊の舌足らずな声で、ナユは必死に「あー」「うー」と喋ろうとした。
もちろん誰にも伝わらない。
だが心の中では、しっかりとメモをつけた。
「今日の記録:村人が俺を神の子扱い。期待値調整が必要。よし……日報完了」
まだ小さな声は届かない。
それでもナユは決めていた。
――次の《願い》は、人々の“信仰”を利用するのではなく、本当に必要な形で村を救う為に使うのだと。




