第49話《陽動》
夜明け前。
王都の路地はまだ眠りの中で、霧が低くたちこめていた。
黒い外套を羽織った男たちが、石畳に影を落として集まっている。
彼らの顔は見えないが、声には緊張が混じっていた。
「前回のやつらは、痛い目を見た。何人かは戻ってこなかった」
「二度目は許されん。今回は絶対に失敗できない」
「正面からは無理だ。火を起こして目をそらす。護衛が来たら“保護”の名目で連れ出す」
男たちはうなずき、ひそかに小さな袋を開ける。
中には赤黒い石と、燃えやすい繊維が詰まっていた。
それは小さな火の魔具の準備だった。
彼らは命令が重いことを知っている。
失敗すれば自分たちの立場が危うくなるし、命までは保証されない。
だからこそ、顔に浮かぶ表情は必死だった。
屋敷の中では、セバスチャンが静かに巡回していた。
彼は風の流れを確かめ、壁の陰に目を凝らす。
外の空気がいつもと違うことを、肌で感じ取っていた。
「……動きがあるか」
彼はそう呟いて、そのまま足を止めることなく見回りを続けた。
表には出さないが、準備は整えている。
外から来る脅威に対し、確かな備えをしているのだ。
その頃、ナユは寝台の上で目をぱちりと開けた。
まだ眠そうだが、胸の中がざわついている。
外の空気に混じる“熱いにおい”を、ほんの少しだけ感じた。
小さな手が、ぎゅっと布を掴んだ。
言葉にならない不安を、体で示しているのだ。
路地の男たちは、夜明けと共にそれぞれの位置についた。
火の魔具は静かに封を解かれ、準備は整う。
誰も笑わない。誰も気軽ではない。
「今日の記録:夜明け前。外の空気がざらついている。胸の奥がざわざわして眠れなかった。何かが起きる前触れ……そんな気がする。……日報完了。」




