第45話《流動》
朝の訓練が始まる。
今日も中庭には、光が静かに差し込んでいた。
小鳥の声と共に、ナユはいつものように芝の上へ座る。
その小さな背中を、セバスチャンが見守っていた。
「ナユ様、本日は“流れ”を掴む練習を行います」
穏やかだが、どこか厳しさを帯びた声。
セバスチャンは指先をかざし、掌の上に淡い光を浮かべてみせた。
光は柔らかく回転し、風のように形を変えていく。
「魔力は“流体”です。水のように、流れを止めず、整え、導く。強く握れば濁り、緩めすぎれば散ります。重要なのは――心の“律”」
ナユは真剣な表情でそれを見つめ、小さく息を吸い込んだ。
掌を合わせ、昨日のように内に意識を沈める。
静寂の中、微かな震えが走る。
体の奥から湧く熱が、指先へと流れていく。
けれど今度は、力が一定ではなかった。
流れが暴れて、空気がピリッと弾けた。
ぱち、と音がして、光の粒が飛び散る。
「……あぅ……」
ナユは小さく声を漏らす。
掌が少し熱い。
だがすぐに、セバスチャンが手をかざし、優しく制した。
「焦らなくてよいのです。初めて“動かす”段階に進めたのですから。魔力は生き物――扱うのではなく、共に在るのです」
その言葉に、ナユはじっと耳を傾けた。
まだ理解は曖昧でも、心のどこかで分かっていた。
魔力は“自分の一部”。
押さえつけるのではなく、対話し、寄り添うもの。
「ナユ様、もう一度。今度は力ではなく、流れに身を任せて」
ナユは小さく頷き、再び目を閉じた。
呼吸が整い、鼓動が静かに重なる。
今度は光が暴れず、ゆっくりと回転を始めた。
風がその周囲を包み、やわらかく渦を描く。
……できた……
その光景に、セバスチャンの瞳が細められた。
「見事です。魔力は貴女に応えています。やはり、やんごとなき素質をお持ちのようだ」
彼の声音には、敬意と誇らしさが混じっていた。
ナユは満足げに微笑み、小さく拳を握った。
「今日の記録:魔力の流れを動かす訓練成功。最初は暴走気味だったけど、最後は安定した。……セバスチャンの説明、ちょっと難しい。でも楽しい……日報完了。」




