第305話《夜集》
王都の夜は、静かだった。
高い城壁の内側に広がる石畳の街は灯りに満ち、宮城の塔には穏やかな風が流れている。
だがその静けさを破るように、城門を叩く早馬の音が夜気を裂いた。
伝令は馬から転げるように降り、封書を抱えたまま衛兵へ叫ぶ。
「迷宮都市ナユタより緊急報告!!至急、王へ届けよ!!」
封蝋には、辺境伯の街紋が深く刻まれていた。
衛兵の表情が変わり、そのまま内廷へと駆け込む。
夜半にもかかわらず、会議室の灯が次々とともされた。
◆
長机の周囲に、公爵アンダルシアン、侯爵アーシェ、軍務卿、魔術院長、そして王立学園都市レリティアの学園長が並ぶ。
王は封書を読み終え、静かに地図の上へ置いた。
「魔の森にて巨大な魔物が出現。探索班消息途絶。街級災害の恐れ……」
重い沈黙が落ちる。
王が顔を上げる。
「辺境伯……ナユは」
軍務卿が答えた。
「一か月前、白竜ヴァイスと共に極星の旅団救援へ出発しております。人の足で一年の距離。竜での移動なら、現在は既に現地付近に到達している可能性があります。正確な位置は不明です」
王は頷いた。
「近場にS級以上の冒険者は」
「S級『銀翼』アシュリーは王都滞在中ですが護衛任務で離脱不可。SS級『雷神』シグは西方都市、馬で一週間。他の上位者は所在確認中です」
「確認を続けろ。動ける者は全て動かす」
王は地図の魔の森を指で押さえる。
「王国として動く。正規軍は第一陣を明朝出発できるよう準備。騎士団は即応部隊を編成。ギルドへ通達、周辺都市のA級とB級上位の招集を容認する。情報は必ず回せ。独断で突っ込むな」
公爵アンダルシアンが低く言う。
「辺境伯殿の街は報連相が徹底されています。現地統制は維持されているでしょう」
侯爵アーシェも頷く。
「主導権を乱せば逆に混乱を招きます」
王は静かに同意した。
「王国は支援する。ただし遅れるな。間に合わぬ支援は支援ではない」
軍務卿が続ける。
「飛竜騎士団は待機中です」
王は即断した。
「出せ。二隊に分けろ。第一隊は迷宮都市ナユタへ急行し支援と状況確認。第二隊は辺境伯の進路を追跡し現地に向かえ。接触次第、報告を回せ」
「はっ」
軍務卿が深く頭を下げる。
王は最後に言った。
「迷宮都市ナユタは王国の要所だ。守りぬくぞ!」
全員が一斉に頷いた。
◆
評議が終わり、人々が散っていく。
王城の回廊は再び静けさを取り戻しつつあった。
その奥、窓辺に一人の少女が立っている。
アニシア・ユラ・アンダルシアン。
アニスは遠い夜空を見つめていた。
王都からは見えないはずの方角。
それでも胸の奥がざわつく。
魔の森で異変。
迷宮都市ナユタが緊急態勢。
そして――ナユは遠方。
指先をそっと握る。
「……ナユ」
小さく呟く。
「無事でいて」
夜風が黒髪を揺らす。
あの少女が簡単に倒れないことは知っている。
それでも願わずにはいられなかった。
遠く。
見えない地平の向こうへ、もう一度だけ目を向ける。
◆
王都の夜は静かだった。
だがその静けさの下で、王国はすでに動き始めていた。
正規軍は準備に入り、騎士団は装備を整え、倉庫は開かれ、伝令が走る。
そして飛竜騎士団が夜空へ飛び立つ。
一隊は迷宮都市ナユタへ。
一隊は遥か遠方、ナユの元へ。
王国の歯車は、もう止まらない。




