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神様の手違いで死んだ社畜おっさん、まずは自由を願い、次に明日を願う!TS転生し美少女に!最強チート《願い》は一日一回だけど万能です!異世界スローライフで世界も人も未来も救ってみせます!  作者: 兎深みどり
第五章《黒き騎士来訪編》

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第208話《野営》

 白脈山陵の手前に広がる平地に、夕焼けの色がゆっくり落ちていく。

 長く歩き続けた一行が足を止めると、張り詰めていた空気がふっとゆるんだ。


「ここで一泊だ。各班、指示通りに動きな!」


 ガルドナの声が、広場に短く響く。

 生徒達が一斉に返事をし、それぞれの班ごとに散っていく。


 ナユ達の班は、冒険科と魔法科、騎士科が混ざった小さな一団になっていた。

 荷物を降ろした瞬間、足元からじんわり疲れがせり上がってくる。


「ふあ……少しだけ、足がじんじんなのです」


「よく歩いたものね。でも、ここからが本番よ」


 メリアが肩を回しながら、空を見上げる。

 白脈山陵の稜線が、暗くなり始めた空を背中にくっきりと浮かんでいた。


「ナユさん、水汲みはボクが行くよ。足、まだ慣れてないでしょ?」


 ルゥが笑いながら、水袋を肩にかける。


「僕も一緒に行きます。道の途中で使えそうな草も見ておきたいですし……」


 ティトが少し恥ずかしそうに言うと、メリアが手を挙げた。


「じゃあ私は薪集めね。ナユは――」


「テントなのです!わたし、こういうの好きなのです!」


 ナユが勢いよく答えると、メリアの口元が緩んだ。


「分かったわ。じゃあお願いね」


 それぞれが役割に散っていき、平地のあちこちで子ども達の声が混ざり合う。

 布を広げる音、杭を打つ音、水の跳ねる音。

 だんだんと「野営地」の形になっていくのが面白くて、ナユは何度も周りを見回した。


『楽しそうですね、ナユ。テント設営の効率は、あと二割ほど上げられますよ』


「今日は楽しむ日なのです。効率は七割でいいのです、ミラ」


 小声で返事をしながら、紐を引き、布を持ち上げる。

 少し歪んだけれど、ちゃんと雨はしのげそうな形になった。


「おお……ちゃんと立ったのです!」


「ナユ、上手だよ!」


 戻ってきたルゥが感心したように見上げる。

 ティトも濡れた水袋を置きながら、小さく頷いた。


「……すごいです。僕、こういうの苦手なので、助かります」


「では次はティト君の番なのです。お腹が空いてきたのです」


「が、がんばります……!」


 焚き火の場所が決まり、火打ち石の音がカチカチと響く。

 やがて小さな火花が乾いた薪を舐め、橙色の火が立ち上がった。


 ティトが鍋を用意し、手際よく水と刻んだ野菜、干し肉を入れていく。

 薬草をひとかけらだけ砕いて加えると、ほのかな香りが湯気と一緒に広がった。


「……いい匂い」


 メリアが思わずつぶやく。

 他の班の生徒達も、ちらちらとこちらを見ていた。


「ティト君、すごいのです。ほっとする匂いなのです」


「よ、良かった……。遠征だと、皆、緊張してますから……少しでも落ち着けたらいいなって」


 その言葉に、ナユの胸の奥がほんのり温かくなる。

 魔法でも剣でもないところで役に立とうとする姿勢が、きゅっとまぶしかった。


 日が完全に落ちる頃、あちこちの焚き火に火が入り、野営地全体が柔らかな光に包まれた。

 食事を終えると、先生達から見張り当番の指示が飛ぶ。


「夜の見張りは交代制だ。名前を呼ばれた班は、時間を守って起きろ」


 ガルドナの後ろで、オルフェンが腕を組み、暗い空を見上げている。


「白脈山陵の麓では、魔物はそう多くない。だが油断は禁物だ。魔力の流れも、平地とは少し違う」


 静かな声だったが、生徒達の背筋にすっと冷たい線が通った。


『確かに、魔力の分布が僅かに乱れていますね。今は気にするほどではありませんが』


「明日から本番なのです、了解なのです」


 ナユは心の中だけで答え、寝袋に潜り込んだ。


 焚き火の音と、遠くで誰かが笑う声。

 その全部が混ざり合って、夜の野営地のリズムを作っていく。



 ナユ達の班の見張り当番は、夜の中頃だった。

 月が高く上り、空気がひんやり澄み始めた時間帯。


「……少し、冷えるのです」


 焚き火に手をかざしながらつぶやくと、隣でルゥが小さくくしゃみをした。


「ボク、耳が冷たくなってきた……」


「ティト君、スープはもう一杯いけるのです?」


「温め直します。すぐです……」


 メリアは少し離れた場所で、あたりをぐるりと見回していた。

 夜の山風が草を揺らし、ときどき枝がきしむような音を立てる。


「……何もないわね。静かすぎるくらい」


『音の少なさは、時に危険の前触れでもあります』


「ミラ、怖いこと言わないのです」


 そう返した瞬間だった。

 野営地の外れ、焚き火の光が届かない闇の中で、何かがかさりと動いた。


「……今の、聞こえました?」


 ティトの耳がぴくりと動く。

 ルゥも顔を上げた。


「ガルドナ先生?」


 メリアが声をかけようとした時、闇からぬるりと這い出る影があった。

 四つ足で、背中に棘のような突起をいくつも生やした小型の魔物。

 目だけが、焚き火の光を反射してぎらりと光る。


「ひっ……!」


 近くの生徒が短く悲鳴を上げた。

 その声に反応したように、魔物が低く唸り、野営地の縁へとじわじわ近づいてくる。


「メリアさん、下がるのです」


「え、ええ……」


 ナユは一歩前に出ようとした。

 身体強化の魔法を発動しようと、意識を集中させ――


 その瞬間、空気がすっと冷えたように感じた。


 銀色の線が、闇の中を横切る。

 いや、それは初めからそこにあったかのように自然で、気づいた時にはもう終わっていた。


 魔物の首が、焚き火の明かりの中で静かに地面へ転がる。

 残った体が一歩分だけ前に出て、遅れて崩れ落ちた。


「……騒ぐな。小物だ」


 焚き火の向こう側に、黒い衣を羽織った影が立っていた。

 確か騎士科の人だったかな?とナユは密かに思う。


 抜かれた剣には、血の跡さえほとんど残っていない。

 光を受けた刃が一度だけ瞬き、すぐに鞘へ戻された。


「……怪我人は?」


 短い問いかけに、生徒達が慌てて首を振る。

 誰も傷ついていないことを確認すると、レナレスはほんの僅かにだけ頷いた。


「見張りを続けろ。必要なら先生を呼べ」


 それだけ告げると、影のように歩き去っていく。

 足音は、草の音に紛れてほとんど聞こえなかった。


 残された焚き火の前で、ナユはぱちぱちと燃える火を見つめたまま、ぽつりとつぶやいた。


「……すごいのです」


「今の、見えた……?」


 メリアが息を呑んだまま言う。

 ルゥも尻尾をふるふる震わせながら頷いた。


「ボク、剣が光ったのしか分からなかった……」


「僕もです……。あんなに静かに倒せるなんて……」


 胸の奥が、くすぐったくなるように高鳴っている。

 剣の速さも、迷いのなさも、すべてが見事で、少し羨ましかった。


『あの剣技、記録しておきますか?』


「お願いします、ミラ。いつか、ああいうふうに動けたら素敵なのです」


 焚き火の明かりが、夜空へと小さな火の粉を飛ばしていく。

 遠くでフクロウの声がし、山のシルエットが、真っ暗な空に溶け込んでいった。


 


「今日の記録:白脈山陵の手前で初めての野営をしたのです!ティト君のご飯がほっとする味で、あの子の剣がとても速くてびっくりしたのです!ちょっと怖かったけど、みんな無事で良かったのです!日報完了!」

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