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神様の手違いで死んだ社畜おっさん、まずは自由を願い、次に明日を願う!TS転生し美少女に!最強チート《願い》は一日一回だけど万能です!異世界スローライフで世界も人も未来も救ってみせます!  作者: 兎深みどり
第五章《黒き騎士来訪編》

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第204話《不穏》

 朝の王立学園都市レリティアは、昨日と同じようでいて、どこかだけ違っていた。

 空は変わらず澄んでいる。

 風も穏やかだ。

 けれど、足元の感触が、ほんの少しだけずれているような感覚があった。


 ナユは、冒険科の教室の席に座りながら、窓の外をぼんやりと眺めていた。

 石畳を歩く生徒達の足音。

 遠くの訓練場から聞こえる木剣の打ち合う音。

 すべて、いつも通りの音だ。


 それなのに――。


(……なんだか、変なのです)


 理由は分からない。

 けれど確かに、昨日までの“いつも”と、今の“いつも”の間に、見えない一枚の膜が挟まったような感覚があった。


「ナユさん、どうしました?」


 隣の席から、ティトが顔を覗き込んでくる。


「朝からずっと、窓の外を見てますよ」


「うーん……ちょっと、考え事なのです」


「考え事?」


「世界の事、とか……です」


「朝からそんな重い事考えるのは、ナユさんくらいですよ」


 ティトが小さく笑った。


 前の席では、ルゥとメリアがひそひそと話している。

 ルゥがこちらを振り返り、声を潜めて言った。


「ねえ、聞いた?騎士科にさ、今朝すごいのが入ってきたらしいよ」


「すごいの?」


 メリアも身を乗り出す。


「転入生だって。しかも、めちゃくちゃ若いって」


「どれくらいです?」


「六歳くらいって噂」


 ナユの耳が、ぴくりと動いた。


「……そんなに小さいのに、騎士科なのです?」


「らしいよ」


 ルゥが肩をすくめる。


「しかもさ、騎士科の教官が朝から妙にピリピリしてたんだって」


「試験が大変だった、とか?」


「それならいいんだけどね。なんか、“扱いに困ってる”って感じだったらしい」


 メリアが口元に指を当てる。


「ちょっと怖いですね……」


 ナユは、無意識に胸元に手を当てた。


(……騎士科)


 理由は分からない。

 けれど、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がわずかにざわついた。


 オルランドの事は、誰にも話していない。

 話すつもりも、今はなかった。

 それでも、心の奥に“何かが始まった”という感覚だけが、小さく残り続けている。


 授業が始まる鐘が鳴る。

 教室のざわめきが、ゆっくりと静まっていく。


 講義はいつも通りだった。

 基本魔力制御。

 簡易結界の構成。

 冒険科一年の、基礎中の基礎。


 ナユは、黒板を見ながら、きちんとノートを取っていた。

 内容は理解出来ている。

 けれど、集中の端々で、どうしても意識が外へ引っ張られる。


(……見られてる、ような気がするのです)


 視線。

 それも、教室の中ではない。

 もっと遠く。

 学園のどこか、別の場所から。


 昼休み。

 中庭のベンチで、四人は並んで昼食を取っていた。


「ナユさん、今日はちょっと元気ないですね」


 ティトがパンを手に言う。


「そう?」


「うん。いつもより、ぼーっとしてます」


「そんな事ないのです」


 ナユは首を振る。


「ただ、静かなだけなのです」


「それを“元気ない”って言うんだよ」


 ルゥが笑った。


「でもさ、騎士科の転入生、ちょっと見てみたいよね」


「見に行くのは、やめた方がいいですよ……」


 メリアが不安そうに言う。


「騎士科って、雰囲気だけで近寄りがたいですし」


「それは、分かる」


 ルゥがうなずく。


「でもさ、なんか気になるんだよね。“おかしな転入生”って」


 その言葉を聞いた瞬間、ナユの胸の奥が、きゅっと音を立てた。


(……おかしな、子)


 理由はない。

 根拠もない。

 ただ、無性に気になる。


 ナユは、知らず中庭の奥――騎士科の校舎がある方角へと視線を向けていた。


 その瞬間。


 遠く。

 本当に遠くから。

 ほんの一瞬だけ。


 視線が、ぶつかった。


 誰のものかは、見えない。

 姿も分からない。

 ただ、“見られた”という感覚だけが、確かに残った。


 ナユは、小さく息を飲んだ。


(……やっぱり、変なのです)


 昼の風が、静かに中庭を吹き抜ける。

 木々の葉が揺れ、いつもと同じ音を立てる。


 それでも、世界は昨日と同じではない。

 まだ誰も、それに気づいていないだけで。


 噂と、視線と、名も知らぬ一人の存在。

 それらが、静かに同じ学園の中へと入り込んでいた。


 今日という日常は――

 すでに、小さく歪み始めていた。


「今日の記録:授業はいつも通りだったのです。ルゥさんとティトさんとメリアさんが、騎士科の変な転入生の噂をしていたのです。わたしは何も話していないのに、なぜか少し胸がざわざわしたのです。学園のどこかから、見られたような気もしたのです。不思議な一日なのです。日報完了」

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