第203話《騎練》
朝の訓練場は、すでに人の熱を帯びていた。
砂を踏む音。
木剣が打ち合わされる乾いた音。
まだ幼さの残る声と、必死に息を整える荒い呼吸が混ざり合っている。
レナは、騎士科初等部の一角に立っていた。
黒い外套はすでに脱がされ、簡素な訓練着に着替えさせられている。
六歳ほどにしか見えない小さな体。
その見た目に、周囲の視線は自然と集まっていた。
「……ちっちゃいのが混ざってるぞ」
誰かが囁いた。
「大丈夫か、あれ」
別の声が続く。
レナは、それらを一切気にしない。
視線は常に前。
砂の向こうに立つ教官だけを見ていた。
「整列!」
太い声が訓練場に響く。
即座に、子供達が慌てて列を整える。
レナも、迷いなく一歩前へ出た。
背筋は伸び、足の位置も正確だった。
「本日から騎士科初等部に仮配属された新入りが一名いる」
教官の視線が、レナへと落ちる。
「名はレナ」
短く告げられる。
「年齢は六」
訓練場に、ざわりとした空気が走った。
「……六?」
「うそだろ」
「幼年組より小さいじゃないか」
ざわめきを一瞥し、教官は続けた。
「騎士科に年齢の上下は関係ない。剣が振れるなら立て」
視線が、まっすぐレナを射抜く。
「レナ。前へ」
レナは、一歩踏み出した。
「模擬戦を行う」
教官は隣の列を指差す。
「ユーク。相手をしろ」
名を呼ばれた少年が、はっと顔を上げた。
背丈はレナの倍近い。
筋肉質で、すでに剣の扱いにも慣れが見える。
「……俺が、ですか」
「嫌か」
「い、いえ!」
ユークは慌てて前へ出た。
木剣が二本、砂の上に投げられる。
「構え」
ユークは、すぐに中段に構えた。
だが、レナは動かない。
剣を手に取ったまま、ただ自然体で立っている。
「……構えろよ」
ユークが戸惑い混じりに声をかける。
「必要ない」
レナの声は静かだった。
「は?」
教官が手を上げる。
「始め!」
ユークは一瞬ためらい、それから踏み込んだ。
横薙ぎの一撃。
初等部としては十分に速い。
だが。
レナの足が、半歩だけ動いた。
剣は、振るわれなかった。
ただ、木剣の腹で打撃の軌道を“なぞる”。
乾いた音が一つ。
ユークの剣が、砂へと転がった。
「……え?」
遅れて、ユークの体がぐらついた。
次の瞬間。
レナの木剣が、ユークの喉元で止まっていた。
静寂が落ちる。
誰も、すぐには声を出せなかった。
「勝敗、決した」
教官の声が、低く響いた。
ユークは目を見開いたまま、ゆっくりと後ずさる。
「……いま、何が」
「体重移動が遅かった」
レナは淡々と告げた。
「剣に力を乗せすぎていた。初手で躱された時点で負け」
教官の口元が、わずかに歪む。
「聞いたか、全員」
視線が訓練場を見渡す。
「これが“型”だ。力でも、速度でもない」
子供達の表情が、明確に変わった。
嘲りは消え、代わりに困惑と警戒が浮かぶ。
レナは、剣を下ろした。
(……人の剣は、やはり未完成)
それは失望ではない。
観察だった。
(だが、ここには“芽”がある)
視線の先。
訓練場の隅で、別の組が剣を振っている。
その中に、わずかに“強い魔力の気配”があった。
(近くにはいる……いつか会えればそれでいい)
教官が声を張る。
「位置に戻れ。次の組、前へ!」
レナは無言で列へ戻った。
周囲の視線は、今やはっきりと変質していた。
警戒。
畏怖。
そして、強い興味。
誰一人として、もう
“幼い転入生”などとは見ていなかった。
(……順調だ)
レナの胸中に、静かな確信が生まれる。
(陛下の“変化”へ至る道は、必ずこの学園の中にある)
黒剣騎士は、身を隠す。
変化の原因を求めて。
だが確かに――
運命の“歯車”は、今日ここで一つ、噛み合うのだった。




