第196話《王城》
校庭に残っていた破壊の痕は、まだ生々しく地面に刻まれていた。
抉れた大地。
焦げた空気。
暴風の余韻だけが、遅れて吹き抜ける。
その中心で、ナユと“それ”は並んで立っていた。
既に闇の威圧は消えている。
だが、空気の奥には、なお異質な存在感が沈んでいた。
次の瞬間。
空間が、かすかに震えた。
亀裂のように開いた転移陣から、一人の老人が歩み出る。
その一歩ごとに、周囲の魔力が静まっていく。
学園長だった。
「……なるほど。これはまた、ずいぶん派手にやってくれたものじゃな」
低く、だが怒気を抑えた声。
学園長の視線が、ゆっくりとナユの背後へ向く。
そして、“それ”を見た瞬間――
ほんの僅か、瞳が細くなった。
「……ほう」
それだけだった。
だが、その一言で、学園長が“理解した”ことは伝わった。
ナユは、素直に口を開く。
「この人、魔王なのです!強いのです!最高なのです!」
場が、一瞬で凍りついた。
生徒達の息が止まる。
教師達の顔色が変わる。
だが、学園長は騒がなかった。
「……そう来たか」
ゆっくりと頷く。
「よい。ここでは話にならん。すぐ王城へ向かう」
視線が、倒れているオルフェンへ向く。
「オルフェンは医務室へ直送じゃ。命に別状はないな?」
ナユが、即答する。
「大丈夫なのです!ちょっと吹き飛んだだけなのです!」
「それが一番危ない理由じゃがな……」
学園長は小さく溜息を吐き、指示を飛ばす。
「担架を出せ。結界班は周囲の封鎖を継続。誰も近づけるな」
手際は実に迅速だった。
数分でオルフェンは搬送され、校庭の混乱は強制的に収束していく。
そして――
学園長は、魔王へと正面から向き合った。
「王には、儂が責任を持って説明する。お主も同行してもらうぞ?魔王とやら」
魔王は、静かに目を細めた。
「……拒否権は?」
「ない」
「即答か」
「相手が“魔王”ならな」
短い沈黙。
やがて、魔王は低く笑う。
「良いだろう。興味もある」
ナユが、ぱっと笑顔になる。
「王様に会いに行くのですね!」
「……楽しそうじゃのう、お主は」
◆
その後、王城へは学園長の専用転移で向かった。
転移の光が収まった先は、すでに何度も訪れた謁見の間だった。
玉座に座る王は、最初にナユへ視線を向ける。
「……無事だったか、ナユ」
「はいなのです!ちょっと校庭が壊れただけなのです!」
「“ちょっと”の規模ではない報告が上がってきておるがな……」
王の視線が、ゆっくりとナユの後方へ移る。
黒い気配。
僅かに隠されてはいるが、根本が違う。
王は、静かに問いかけた。
「……学園長。そこにいる存在は、何者だ」
学園長が、一歩前に出る。
「魔王じゃ」
玉座の間が、完全な静寂に包まれた。
王は、即座に魔王へ向き直る。
「お主が……!?」
「そう名乗っている」
「この国に、何の用だ」
魔王は、視線だけをナユへ向けた。
「用はない。呼ばれただけだ」
王が、僅かに眉を寄せる。
「……呼ばれた?」
ナユが、元気よく手を挙げる。
「授業の時に召喚したのです!で、わたしと魔王は契約したのです!」
「……何を、どうしてそうなる」
王の声音が、明らかに重くなる。
「お主は、世界をどうするつもりなのだ」
問いは、魔王へ向けられた。
それは、勇者ゼノアとの因縁や世界の支配等を含んだ問いだった。
魔王は、ゆっくりと口角を上げる。
「今の所は、どうもしないさ」
そして、はっきりと告げた。
「だが一つだけ確かな事がある」
静かな視線が、ナユへ向く。
「今はこの者に服従するただの召喚獣である。この者は強い、そして、今後も強くなる、我はそれを見届けたいのだよ」
ナユは、にこっと笑う。
「おー!応援されているのです!」
王と学園長は、同時に深く息を吐いた。
世界は今、静かに――
だが確実に、大きく動き始めていた。
「今日の記録:学園長が来て、魔王である事をちゃんと伝えたのです。オルフェン先生は運ばれて、わたし達は王城へ連れて来られました。王様は、世界をどうするつもりかと魔王に聞いていました。でも、今のところは毎日組手するだけなのです。たぶん、世界はしばらく無事なのです。日報完了」




