第193話《邂逅》
校庭の中央に立つ“それ”は、ゆっくりと首を巡らせた。
周囲の景色を確かめるように、魔力の流れをなぞるように。
最後に、その視線がナユへと向けられる。
「……なるほど。まさか、こちらからではなく――お前の方から干渉してくるとはな、光の子よ」
その一言で、空気の密度が変わった。
魔力が重く沈み、地面がきしむような音を立てる。
オルフェンが一歩、前へ出た。
「全員、下がれ。こいつは召喚獣じゃない!そして、強さも異次元レベルだ。お前は何者だ?」
“それ”は、ゆっくりと視線だけをオルフェンへ向ける。
「我を“お前”と呼ぶか。人の身で、随分と軽い舌を持つ」
次の瞬間。
闇が、刃となって空を切り裂いた。
オルフェンは反射的に結界を展開する。
だが、闇の刃は結界ごと貫き、衝撃がそのまま吹き飛ばした。
地を削り、石を砕き、オルフェンの身体は数十メートル先まで転がった。
誰も、声を出せなかった。
“それ”は、ゆっくりと腕を下ろす。
「安心しろ。殺さないでやった。此度はイレギュラー故な」
その言葉が落ちた瞬間。
静まり返った校庭の中で、ナユだけが一歩、前へ出た。
「あなた、かなり強いですね?」
「そうかも知れんな、最低でもお前が戦ったサバリネやザヴェルよりは強いな」
「あの二人の名前を知ってるという事は……」
ナユの足元から、魔力が静かに溢れ出す。
だが、それは暴力的なものではなかった。
澄み切った光のように、柔らかく、けれど異様な密度を持って広がっていく。
「勝負するのです。わたしが勝ったら――契約するのです!」
一瞬、空気が凍りついた。
「……契約?まさか我と召喚獣契約するつもりか!?」
「負けたら、諦めるのです」
“それ”は、短く笑った。
「人の身で、我と契約を望むか」
「はいなのです。本気なのです」
その瞬間。
闇が、世界を塗り潰すように溢れ出した。
地面が軋み、空が沈む。
黒い魔力の奔流が、正面からナユへと叩きつけられる。
だが――
ナユは、退かなかった。
防御も張らない。
ただ、真正面から魔力を解放した。
「《レイバースト》!!!」
白い光と深淵の闇が、正面から激突する。
衝撃波が地面を抉り、校庭の外壁に亀裂が走る。
ナユの口元が、わずかに緩んだ。
「……楽しいのです」
嬉しそうに、はっきりと。
「やっぱり、強い方が召喚獣にするにはちょうどいいのです」
光が、さらに濃くなる。
魔力の密度が跳ね上がり、闇の奔流を真正面から押し返した。
“それ”の瞳が、初めて大きく見開かれる。
「……押し返す、だと?」
闇が裂かれ、光が踏み込む。
ナユの一歩ごとに、地面が砕けていく。
完全に――
拮抗していた。
いや、わずかに。
本当にわずかに。
ナユが、前に出ていた。
“それ”は、喉の奥で低く笑う。
「なるほど……確かに、お前は“光の子”だ」
次の瞬間。
「だが、ここまでだ……暗黒魔槍!!!」
闇が、更に圧縮され、形を変えた。
槍。
無数の黒槍が、空間ごと射出される。
「身体強化魔法六重!!」
ナユは、跳んだ。
回避ではない。
迎撃だった。
掌に、光が集まる。
「《レイブレード》」
一振り。
一閃。
白光が走り、黒槍は全て、寸分違わず両断された。
破裂する闇。
弾ける衝撃波。
その中心で、ナユは――
笑っていた。
「もっと来るのです。まだ本気じゃないの、分かるのです」
“それ”の口元が、僅かに歪む。
「……良い」
闇が、再びうねり始める。
今度は先ほどとは比べものにならない密度で。
「ならば――“本気”で応じよう」
その瞬間。
校庭全体が、完全に戦場へと変わった。
一人の“光の子”と。
一人の“世界の深淵”。
契約を賭けた戦いが、ついに――
本格的に、幕を開けた。




