第189話《疾走》
早朝、ナユはティトやセバスチャン、ミナと深淵の中心区画を見回っていた──
(……忘れてたのです!!今日……二学期の始業式だったのです!!)
気づいた瞬間、ティトの襟首を掴んでいた。
「ティト!帰るのです!!!」
「ひゃっ!?い、今!?あの、これから整地が──」
「始業式に遅れるのは……ぜったいにダメなのです!!!」
「ぼ、ぼくの意思は!?!?」
ティトの抗議は当然のように無視され、ナユはティトを“子猫のように”背中にかつぐと──
「身体強化六重ッ!!!」
地面が爆ぜた。
「うぎゃああああああああああ!!!!???」
森が後ろへ、景色が横へ、空が斜めへぶっ飛んでいく。
速度は馬車の数十倍。いや、数百倍。
「な、ナユさん!!ぼ、ぼぼぼぼぼく、風になってるぅぅぅぅ!!」
「ティト、しっかり掴まるのです!」
「無理ですぅぅぅぅ!!ぼく腕が置いていかれてるぅぅぅぅ!!」
横風がティトの頬をビンタし続け、目は風圧で勝手に開くし、涙は後方へ直線で飛んでいく。
「わたし達、今……王立学園都市に“直通”なのです!!」
「通学に使っていい速度じゃないぃぃぃぃ!!」
ナユの踏み込み一つで大地がベコッと凹み、その度にティトの魂が口から抜けそうになる。
「うぷっ……うぷっ……ぼく、し、死ぬ──」
「死なないのです!ティトはまだ宿題が残っているのです!」
「そ、それはそれ!これはこれぇぇぇぇぇ!!」
木々が光の線に変わり、草原が一枚の絵みたいになる。
(……この速度……いけるのです!このまま一直線!)
ナユは更に加速。
「身体強化十二重!!」
「ダメですナユさぁぁぁぁん!?!?ぼくの胃袋が森に置いてきぼりぃぃぃぃぃ!!!!」
ティトの絶叫は、風に引き裂かれて後方へ消えた。
――そして。
学園都市の巨大門が視界に入り、門番が目をこすった瞬間。
「着いたのです!!」
「ぐべぇっ!!!?」
轟音と共に“急停止”。
慣性でティトが前にスライドし、門前に崩れ落ちる。
「……い、今……雷落ちました?」
「ちがう……あれは……例の……」
ナユは涼しい顔で言った。
「ティト、無事なのです?」
「ぼく……ぼく……」
ティトはふらふら手を上げる。
「ナユさん……もう二度と……背負われたく……ないです……胃が……胃がまだ……旅してます……」
学園の鐘がちょうど鳴り、ナユはぴょんと跳ねる。
「間に合ったのです!!」
「ぼくは間に合ってません!!!色々間に合ってません!!!」
門番二人は“人を乗せたまま音速に近い速度で走る六歳児”という幻の生物を見るような目で固まっていた。
(……今日の始業式……寝ないように頑張るのです)
ナユのそんな可愛い決意とは裏腹に、ティトは地面に突っ伏しながらつぶやいた。
「ナユさんの……通学……命がけすぎる……」
「今日の記録:ティトを背負って《ブースト》で学園に戻ったのです!ティトは途中で何度か魂が抜けてたのです。でも始業式に間に合ったので成功なのです!ティトが“もう二度と背負われたくない”と言ってたのです……日報完了。」




