第183話《中心》
深淵を中心に広がった巨大な円形の整地地帯は、すでに“街”のような姿を帯び始めていた。
森は大きく後退し、深淵の黒い外壁だけが静かに佇んでいる。
その中心に、一本の長い杭を持ったナユが立った。
「では……始めるのです」
その声に、騎士達はすぐに集まり、作業を止めて耳を傾けた。
「子爵様。次は何を?」
騎士団長が問うと、ナユはアビス正面に向かって杭を真っすぐ突き立てた。
カンッ、と乾いた音が広場に響く。
「ここが……“街の中心点”なのです」
(……まずは基準を決めるのです)
ナユは杭の周りに小さく円を描くように指を回した。
「ここから円を広げていくのです。線を描いて……そこを“街の区画”にするのです」
「く、区画……!」
感嘆の声を漏らしつつ、騎士達が後ろへ下がる。
セバスチャンが測量用の隊員を前に促した。
「ナユ様。まず距離は……いかほどに?」
「アビスから“これくらい”なのです」
ナユは実際に地面を歩き、距離を示した。
その円周こそ――最初の区画、ギルド区画となる。
「ここを……ギルドの場所にするのです」
「ギルド……!?」
「冒険者ギルド、商人ギルド、工匠ギルド……全部ここに並べるのです。ここが街の“核”になるのです」
ミナがぱっと目を輝かせた。
「ぜ、全部そろうんですね……!」
「はいなのです。冒険者さん達が来ても、すぐに動けるようにするのですよ」
次にナユは、さらに外側の円へ視線を向けた。
「その外側には……職人街、商業区を置くのです。武器屋さん、防具屋さん、工房、食べ物屋さん……いっぱいなのです」
ティトがこくこくと頷いた。
「に、にぎやかになりそうです……!」
「はいなのです。ここは賑やかな街になるのです」
さらにナユは後方へ下がり、広い整地面を示した。
「その外側には……学校と教会を建てるのです。街に住む子ども達が、安心して学べるようにするのです」
ミナがうっとりした顔で言う。
「子ども達が勉強できる場所……素晴らしいです!」
(……うん、これは絶対に必要なのです)
ナユは次に、そのさらに外へ手を伸ばした。
「そして……みんなのお家をたくさん建てるのです。広い居住区なのです」
「……まるで王都のような規模……」
騎士団長の声は震えていた。
「いえ……それ以上、なのですよ」
ナユは胸を張った。
「そして最後に……全てを囲む巨大な城壁を作るのです。魔道具で“守護結界”を張って、モンスターは絶対に入れないようにするのですよ」
「守護結界つきの城壁……!」
「東西南北には兵舎を置いて、巡回も強化するのです」
セバスチャンが小さく頷く。
「移動手段は……?」
「小さな“電車”を走らせるのです。街の中を楽に移動できるのですよ」
「で、電車……?」
「とても便利な乗り物なのです! 作り方はあとで考えるのです!」
騎士達が微妙な表情になる。
ナユはさらに続けた。
「街灯も魔道具にして……“鎮静効果”を入れるのです。悪い事を考えられなくするのですよ。治安がよくなるのです」
全員が固まった。
「治安……勝手によくなる……?」
「すごすぎる……」
その時、騎士団長がふと手を挙げた。
「子爵様……この街に、あなた様のお屋敷はどこに?」
「え? 別に必要ないのです。わたしはみんなと同じで――」
「必要です!!」
団長が全力で叫んだ。
騎士達も一斉に頭を下げる。
「御意!!」
ナユはきょとんとまばたきした。
(……そんなに必要なのですね……?)
少し考えてから言った。
「それなら……アビスの上に塔を作って、そのてっぺんに家を作るのです!」
全員が石像のように固まった。
「ア、アビスの上に塔……!」
「で、その上に家……!?」
「そ、想像が……追いつきません……!」
騎士団長はよろめきながらも、なんとか口を開いた。
「し、子爵様が……そうお望みなら……必ず実現いたします……!」
ナユは小さく頷いた。
(……高い場所なら、安全で……見晴らしも最高、更に深淵攻略の際の良い拠点になるのです)
そうして、彼女は控えめに手を挙げた。
「では……測量を再開するのです。街の中心の形を作るのですよ!」
「「「御意!!!」」」
杭が打たれ、縄が張られ、円がさらに細かく区切られていく。
(……ここが、街の“心臓”になるのです)
ナユの胸は、静かな興奮で温かく満たされていた。
「今日の記録:アビスの周りを“中心区画”として整えるのです。円で区画を決めて、街の形を作っていくのです。塔の上のお家……本当に作るのです!……日報完了。」




