第34話:深淵の狩人
●主人公:アーヤ・アーデン
彼女はアルディナ王国の王都アルディナで、神殿の職務にあたる神官。以前は巫女だったが、その力を見込まれ神職試験を経て神官となった。
夫と子供二人を家族とし、仕事と家庭を両立するキャリアウーマン。清楚で真面目だが、心に秘めた好奇心と、誰にも言えない夢がある33歳である。
太陽の神子として覚醒し、世界を作り変えるために、神が作り出した六魔王を導く宿命を持つ。
●グレイ・リヴァント
神殿騎士団の副長を務める高身長のイケメン38歳。
筋肉質で短く整えられた黒髪は、鋭い青い目の視線を際立たせる。
戦闘では冷静沈着で真面目な性格からは想像できない強さと熱さを発揮する。神殿では最も頼れる存在。
アルディナの伝説の剣士の末裔。
●ミラ・フィローネ
アーヤが目をかけている後輩巫女。快活で素直な性格であり、神殿内の人間関係にも明るい。アーヤを姉のように慕う。巫女としての霊的な力や知識は持っているが、まだ未熟で成長過程。ショートの鮮やか赤い髪がカワイイ22歳。
風の一族との関係がありそう。
●エリス
王都の西に位置する街マクホカタの山の麓リアケーアにすむネコの獣族。白毛に赤茶の耳、しっぽの先も赤茶色。
明るい性格でいつもおちゃらけているが、特別な獣族にのみ与えられる能力〈未来視〉を持つ。青氷色の左目と金色の右目、能力の違うオッドアイが獣族の未来を見る。好物はフィッシュバーガー。
地下二階、かつて村だった空間は深い静寂に沈んでいた。
石造りの家々は屋根を失い、壁は崩れ落ち、長い年月のうちに灰色の埃が積もっている。
乾いた空気の中、足を踏みしめるたびに細かな砂がざらりと音を立てた。
その静けさを破るように近づいてきた足音は、アーヤたちの前で止まった。
「ヒーッヒッヒッヒー!お前ら、ここにきてタダですむと思うなよ!」
甲高い声が響き渡った。
影のように細長い大きなネズミが姿を現す。
肩にトゲトゲのある鎧をまとい、両手には鋭い剣を握る。
ーータッキルーー
エリスの三倍はあろうかという背丈から見下ろす眼は、いかにも捕食者のそれだった。
細身ながらも鋭い筋肉の陰影が恐怖を呼び起こす。
魔王に忠誠を誓った廃墟の狩人が、そこに立ちはだかっていた。
「タッキル!」
モルグの声が震えた。怒りと恐怖が入り混じっている。
小ネズミたちは瞬時にタッキルの背後に隠れる。
まるで巨大な傘の下にかくれるように、彼らは身を低くして身構えた。
「この使えない小ネズミがぁ!」
「も、申し訳ありません、タッキル様……」
タッキルの眼が黒光りし、隠れた小ネズミたちを力任せに蹴り飛ばす。
「モルグゥ、ちょろちょろしやがってぇ……そろそろ潮時かぁ」
タッキルは鼻先をピクピクさせ、低く笑った。
「おい……お前、自分の部下をなんだと思っているんだ」
グレイがチョロスをチラッを見て問いかける。
「オレが部下をどうしようと、オレの勝手だろぉー。誰か知らんが、お前にとやかく言われる筋合いはねぇなぁー」
「本気で言ってるのか?」
「うるせぇーー!」
「……許さん……お前のようなやつに、部下を持つ資格はない……」
グレイの肩がわなわな震えている。
タッキルはまったく気にする素振りはない。
そしてその圧倒的な存在感だけが通路を満たす。
「こ、こいつ……!」
モルグは拳を握りしめ、体に熱を帯びさせる。
足元の瓦礫が跳ね、緊張感が増す。
「モルグ、落ち着け……」
グレイの声は冷静そのものだ。
怒りに任せるなと諭すように低く響いた。
「お前が戦うべき相手はあいつじゃないだろう……」
モルグが戦闘態勢を取りかけた瞬間、グレイの冷たい視線が制した。
タッキルはまるで準備運動をするように足をぶらぶらしながら、両手の剣をクルクル回している。
「……本当に戦うべきは、エムエムだ」
グレイの低い声が通路に響く。
モルグは深呼吸し、怒りを抑える。
モルグの目の奥で怒りの炎が揺れる。
「エリス、こいつは強い……援護を頼む……」
「了解!……こいつは速いぞ!オレの右目がそう言ってる!」
「わかった!」
タッキルは楽しげに口角を上げ、鋭い目で四人を睨む。
鎧のトゲが光を反射し、不気味な雰囲気を漂わせる。
「さて……どこまで付き合ってもらおうかなぁーー」
通路に張りつめた空気。
小ネズミたちは息を潜め、タッキルの動きを見つめる。
「……行くぞ!」
グレイが剣を構え、足元の砂塵が軽く跳ねる。
「エリス、右を警戒。アーヤ、ミラ、他の奴らを任せた!」
「了解!!」
三人の声が揃う。
タッキルはまだ攻撃の姿勢を取らない。
軽くステップを踏んで、右に左にぴょんぴょん移動する。
「そろそろイクッチュか……」
タッキルは姿勢を低くし、スタートダッシュを決める構えをとる。
「グレイ!来るぞ!正面からだ!」
「わかっている!」
エリスとグレイの会話が交わされた瞬間、グレイの左腕から鮮血が走る。
「クワッ!!!」
気がつくとタッキルはグレイの後ろで笑っている。
「ヒィーーーヒッヒッーー!」
「まったく見えなかった……」
「グレイ!」
「副長!」
地面を蹴る足音、剣の金属音、甲高い声、戦場はタッキルの存在感で満ちていく。
「まだぜんぜん本気じゃあないぞぉーー」
「くそ…!」
廃墟の村に響き渡るタッキルの不気味な唸りは、瓦礫の影を揺らし、冷たい風に乗って四人の背筋を凍らせた。
戦いの幕が、静かに、確実に開かれたのだった。




