第13話:向き合う過去
塔の広間を満たしていた光が、ゆっくりと脈打つように明滅し始めた。
壁や天井に映し出された文字は溶けるように消え、代わりに淡い霧が漂い始める。
「……視界が……遮られていく……」
ミラが小さく声を上げる。
霧は次第に濃くなり、広間の床も壁も天井も消えていった。
気がつけば、三人は果てしなく真っ白な空間に立っていた。
「ま、真っ白……!」
「…幻覚か?」
グレイが剣に手をかけるが、イアンが言葉でそれを制した。
真っ白な空間にイアンの声だけが響く。
「違います。これは試練です。塔そのものが、あなたたちの心を映し出している」
「心を……?」
アーヤは思わず呟く。
すると目の前に、水面のように波打つ光の幕が現れた。
そこには、見覚えのある人影が浮かぶ。
――父の背中だった。
「……お父さん……?」
アーヤは思わず一歩踏み出す。
だが、その背中は遠ざかるばかりで、どれだけ走っても追いつけない。
胸が苦しくなり、息が乱れる。
「はぁ……はぁ……」
(どうして……どうして追いつけないの……?)
足元に影が広がり、今度は村が現れた。
穏やかな日常。
笑う母。
走り回る子どもたち。
しかし次の瞬間、地響きと共に地面が裂け、すべてが闇に呑まれていく。
「やめて……!」
アーヤが叫ぶと、景色が砕け散るように一瞬で消えた。
そして、目の前に一枚の赤い扉が現れる。
扉の前に立つと、心の奥底まで届くような低い声が響いた。
(……問おう。汝の願いは何か……)
それは声とも音とも言えない、ただ魂に直接届く問いだった。
アーヤは拳を握りしめ、唇を噛む。
「……守りたい。あの村を、家族を………あの日の光景を二度と繰り返さないために」
扉がひとりでに開く。
柔らかな赤い光が差し込み、胸の奥の重しがすこしだけ軽くなる。
「……通れた……の?」
グレイもまた別の場所にいた。
彼の前には戦場の幻が広がっていた。
血に濡れた土、うずくまる兵士たち。
そこに立つのは、かつての仲間たちだった。
「グレイ、なぜ剣を取る?」
どこからともなく響く声。
彼は剣を抜きかけたが、すぐに力を抜き、刃先を地に落とした。
「……オレは命じられたから戦った。だが……今は違う。この剣は、オレが選んで振るう剣だ」
仲間たちの幻影が、静かに笑った。
戦場は消え、彼の前には青い扉が現れる。
ミラの足元には深い闇が広がり、その奥底から無数の声が聞こえてくる。
「ミラ……来い……こっちだ……」
聞き覚えのある声ばかりだった。
家族、友人、村の人々。
みんなが闇の底から手を伸ばしている。
「いや……いやあ……!」
ミラは涙をこぼし、後ずさった。
その背中に、アーヤの声が届く。
「ミラ、私たちはここにいる。一緒に行こう」
ミラは震える足を一歩前に出した。
「……こわいよ……でも、みんながいなくなるほうがもっと怖い……」
その瞬間、闇が消え、光に変わる。
ミラの前に黄色の扉が開かれていた。
三人がそれぞれの扉をくぐって、再び同じ場所に立ったとき、視界を遮っていた霧が晴れ、広間が戻ってきた。
円卓の中央に新たな光が灯り、床が音もなく開いていく。
「……螺旋階段?」
アーヤの言葉にイアンがほほ笑む。
「おめでとうございます。あなたたちは、自らの心に応えました。塔は、あなたたちを次の階へ招いています」
アーヤは胸に手を当て、深く息を吐いた。
「試練を乗り越えた……ってこと……」
恐怖も迷いも消えたわけではない。けれど、さっきよりはずっとはっきりと、自分が進むべき道が見える。
「行こう。今ならきっと進める」
「行きましょう!」
ミラは、何か吹っ切れたように歩き出す。
グレイが先に立ち、ミラがその背に続く。
アーヤは最後に一度だけ振り返った。
「イアン、あなたはこないの?」
「ふふふ……それはどうでしょう……」
広間は静かだった。
まるで何も起こらなかったかのように。
けれど、確かに三人の心は変わっていた。
塔の試練は終わった。
いや、本当の始まりは、これからなのかもしれない。
螺旋階段を降りるたび、ひやりとした風が頬を撫でる。
地底から、まだ見ぬ真実が呼んでいる。
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Z.P.ILY




