第47話:揺れる魔王
瘴気が渦巻く戦場で、グレイ、アーヤ、ツバキの三人は必死に魔王カザズレイキの攻撃をかわし続けていた。
漆黒の鎧に覆われたその体は、どれだけ力を尽くしても傷ひとつつかず、まるで別次元の存在のように揺るぎなかった。
「くっ……これじゃあ、体力を消耗するだけだ……」
グレイの吐息に、ツバキも重く頷いた。
「なんとかして突破口を開かなきゃ……」
アーヤの手は震え、魔法の力が微かに漏れるが、瘴気に吸い取られ、まるで蒸気のように消えてしまうかのようだった。
戦場の空気は重く、視界のすべてが沈んで見えた。
息をするたび、恐怖が胸を締めつける。
「アーヤ!手を貸せ!」
飛び散る瓦礫や、舞い上がる埃が呼吸を妨げる中、アーヤの後ろから声が響いた。
「エリス!」
アーヤの後方で、カイに支えられたエリスが呼んでいる。
「アーヤさん!エリスさんがこちらまできて欲しいと言ってます!」
「わかったわ!そっちに行くわ!」
アーヤは、カザズレイキの位置を確認すると、瓦礫の間を縫って後方に向かった。
「エリス!何をすればいい?」
「右目を使う……防御を頼む」
エリスの右目は瞬間的に周囲の情報を鋭く察知する能力がある。
「わかったわ…」
アーヤは結界呪文を唱えたが、カザズレイキの瘴気でかき消される。
「もう一度!」
アーヤが再び呪文を唱えようとした瞬間、アーヤの体を青い光が覆った。
「ミラ!」
「アーヤ様、わたしの魔力も使って!」
ミラの青い光が、アーヤの体に吸収されていく。
「アキラレヨ、聖なる光よ!我を護る盾となれ!」
アーヤの全身から青白い光が広がり、あたりを包む結界が展開される。
「やったわ!でもそんなにもたないかも!」
「アーヤ様!」
「エリス、いまよ!」
紅月の光の中で、エリスが小さく息を整えた。
金色に輝く右目が瞬間的に光り、魔王の周囲の瘴気の流れ、力の反応、微細な揺らぎを鋭く捕らえる。
「見える…!魔王の中心部だ!」
「まかせて!」
「秘められし闇よ、聖光により顕れ出でよ!」
ミラが残り少ない魔力を振り絞る。
「そこだ!」
エリスの声が戦場に響く。
三人の目に、漆黒の鎧の奥で赤く脈打つ小さな赤い光が浮かび上がった。
「魔王の体の奥に、何か光るものがあるわ。あそこに攻撃を集中して!」
グレイとツバキは構えを変える。攻撃は散らさず、ひとつの狙いに全力を込める。
「行くぞ!ツバキ!」
「いいわよ!」
グレイは腰にぶら下げていた黒のカプセルを手に取る。
柄尻でカプセルを割ると、聖剣は銀色の光に包まれた。
「鋼鉄の息吹よ、我が聖剣に力を宿せ!」
グレイの聖剣を覆っていた銀色の光は、巨大な光る槍となって浮かび上がる。
エリスは左目の未来視で魔王の反応を先読みする。
「次の動き……あの翼の下の瘴気の渦が消える瞬間……今だ!」
「わかった……みんな、集中して!」
瞬間、アーヤは決壊を解き、攻撃魔法に切り替える。
三人は一斉に攻撃した。
巨大な光の槍が漆黒の鎧に突き刺さり、アーヤの魔法が瘴気をかき分ける。
赤く光るコアに向けて、攻撃を集中する。
三人は、コアの周辺だけ物理攻撃も魔法攻撃も有効だと判断する。
魔王の体が微かに揺れ、漆黒の鎧の奥で赤い光が一瞬増幅した。
「行け……!もう一度!」
エリスの声が指揮するように響く。
ツバキが両手で剣を握りしめ、超速で突っ込んでいく。
「ハァァァァァァーーー!」
三人は呼吸を合わせ、動きを止めることなく攻撃を重ねる。
瘴気が渦巻く中で、カザズレイキを狙った剣と魔法の集中砲火を浴びせる。
「ヌゥゥゥゥーー!」
魔王は低く唸り、翼を広げて反撃しようとするが、エリスの未来視で動きを読み切ったアーヤたちは巧みに避ける。
四回、五回と波状攻撃を仕掛ける。
さすがのカザズレイキもちょこまかと攻撃を仕掛けてくる三人を、鬱陶しく思ったのか、動作が雑になっていた。
そこをグレイは見逃さなかった。
カザズレイキが大きく旋回したところに突き出した剣が、カザズレイキの胸の中心を貫き赤い光が激しく揺れた。
瘴気の波が一瞬凪ぐ。
「う、うそ……通った……?」
ツバキの声に、グレイも目を見開く。
アーヤは両手を大きく広げ、魔法攻撃の体勢に入っている。
「信じられない……でも、確かに効いてる!」
「グォォァァァァァーーー!!」
魔王を覆っていた瘴気が裂け、赤い光が走る。
「おのれぇぇぇぇ!」
だが、魔王はすぐにそれを修復するように漆黒の瘴気を巻き上げる。
翼を羽ばたかせ、巨大な影で三人を包み込もうとする。
「くっ……避けろ!」
エリスの指示に従い、三人は互いの位置を確認しながら散った。
瘴気の波が地面を叩き、瓦礫を巻き上げる。
爆風のような衝撃が三人の体を押し流すが、攻撃を止めるわけにはいかない。
斬撃と魔法の軌道を微調整し、攻撃の集中を維持する。
「今だ、ツバキ!アーヤ!攻撃の波長を合わせて!」
エリスの声に呼応し、アーヤが掌から魔力を放つ。
黒い瘴気を裂く光の刃が飛び、ツバキの剣と合わさり、カザズレイキの胸を直撃する。
魔王は高く咆哮し、地面が砕け散りながら裂ける。
瓦礫と瘴気の渦が戦場を舞う。
だが、赤い光は揺らぎながらも消えず、弱点の存在を示し続ける。
「集中するぞ!攻撃を重ねる!」
グレイの声に、三人は一瞬の呼吸も惜しまずに攻撃を繰り出す。
剣と魔法、瘴気の中で光る赤いコア。
魔王の力の中心……その一点を狙うことで、三人の攻撃はついに実を結び始めていた。
瘴気に包まれた絶望の戦場に、微かに希望の光が差し込む。
攻撃の衝撃で赤い光が脈打つたび、三人は力を振り絞り、限界を超えて攻撃を続ける。
魔王の余裕の瞳にも、初めてわずかな動揺が走った。
「ふふ……その程度か……」
魔王は動揺を隠すように不敵な笑みを浮かべる。翼を広げ、漆黒の瘴気を再び巻き起こし、威嚇した。
だが、もはや三人の集中は揺るがない。
エリスの未来視と指示がある限り、攻撃のチャンスはまだ残されているのだ。
絶望の中で、希望の火花が静かに確実に燃え上がりつつあった。
三人の体は疲労と恐怖で限界寸前まで達している
だが、それでも退くことはできない。
守るべきものの存在が、背中を押しているからだ。
しかし、カザズレイキの碧い瞳が細められ、低く嗤う。
「なるほど……ようやく愉しめそうだ。だが、遊戯はここまでだ」
次の瞬間、瘴気の密度が跳ね上がり、戦場の空気が一層重く沈んだ。
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Z.P.ILY




