第2話:紅月の夢
夜。アーヤは子供たちを寝かしつけ、夫の穏やかな寝息を聞きながら、自分も深い眠りへと沈んでいった。
*****
——暗闇。
霧のように霞む空間に、ただ一つだけ、紅く染まった月が浮かんでいる。
その光は温かくも冷たく、心を掻き乱すような奇妙な静けさを纏っていた。
「また…この夢……?」
アーヤは自分の足元が宙に浮いているような感覚を覚えた。
どこかへ引き寄せられるように、視界が紅い月の中心へと向かっていく。
月の中心を捉えた瞬間、逆回しのフィルムのように一瞬で霧が晴れた。
そこには——両手を鎖で縛られ、膝をつくひとりの男がいた。
銀白の髪。碧の瞳。
そして、ただならぬ気配が空間を満たしている。
「……ようやく、来たか。」
ゆっくりと顔を上げ、瞼の奥のその瞳が、アーヤを真っ直ぐに見つめた。
心臓が跳ねる。
「……誰?あなたはいったい誰なの?」
「お前の中にいる“彼女”は、まだ目覚めていないようだな……」
低く、艶のある声が空気を震わせた。
「けれど、お前は……同じだ。何も変わらない。あの時と……」
「……何を言ってるの?何のこと?」
アーヤは金縛りにあったかのように立ちすくみ、ただ彼を見つめて言った。
その姿は恐ろしいほどに美しく、けれどどこか、哀しみに満ちていた。
「私は……誰なの……?、そして……あなたは誰?……」
思わず漏れた言葉に、男は疲れた様子で微かに微笑んだ。
「お前は……“契り”を交わした者。あの夜、紅い月の下で。」
彼が手を差し出しかけた、そのとき——
地鳴りが響いた。
空が裂け、紅月が粉々に砕け、無数の光が降り注ぐ。
「……目覚めの時は近い。だが、まだだ。
この世界がそれを許さない。」
彼の声がかき消される寸前、アーヤの耳に最後の一言が届いた。
「次に会う時……契約は果たされる。」
その瞬間、彼の姿も、紅月も、全てが眩い光に呑まれた。
「ま、待って!」
*****
アーヤは勢いよく目を覚ました。
胸が苦しいほどに高鳴っている。
横たわっているベッドから上体を起こし、隣にいるレオンの横顔を眺める。
窓の外では、雲間に覗いた月が、わずかに紅く染まっていた。
アーヤは眠りにつくまで時間を要したが、いつのまにか深い眠りに引き込まれていた。
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Z.P.ILY




