第25話:気になる視線
港からすぐ、市場の通りはカラフルな色や匂いが五感を揺さぶる。そのすべてが濃密だった。
「アーヤ様、見てください!この布!すごく手触りがいいです!」
「えっ!どれどれ?」
ミラは露店に並んだ布地を軽く指でなぞり、キラキラと目を輝かせた。
染め上げられた深い青や緋色の布が風に揺れ、日差しを受けて美しい光沢を放つ。
「しかも安ーーい!」
「ホントね。いい生地だわ」
女子のたちの会話にグレイは聞こえないふりをした。
「旅人さん、特別に安くしておくよ」
店主の老婆が笑みを見せ、ミラは思わず財布の紐を緩めた。
あの船上の戦いが嘘のように思える。
陽に焼けた商人たちが声を張り上げ、色鮮やかな食料が輝きを放つ。
いろんな料理のいい香りが、まだ空腹ではないにもかかわらず、食欲をかきたてる。
そのすぐ隣の店に、グレイが真剣な眼差しを向けた。
頑丈そうな盾や切れ味の良さそうな剣がズラッと並ぶ武具屋だった。
「この剣、刃渡りは短いが、鍛えは悪くないな」
「さすが、お目が高いですね。この剣は……」
店主と何やら金属の成分や鍛冶法について議論を始め、周囲の買い物客が興味深げに耳を傾けていた。
足元の石畳には、多く鳥たちが、そこにあるものを求めて忙しそうに何かを探している。
「これは……霧草?」
乾いた薬草やガラス瓶の並ぶ屋台に釘付けになっているエリス。
「よくご存じですね、それはこの先の畑で採れる霧草」
「本物を見るのは初めてだニャ」
「はい。なかなか出回るものではないので」
「ひとつもらっとくニャ」
「取り扱いには十分気をつけてください。なにしろ、この薬草は人の命も落としかねない……」
「わかったニャ」
エリスは薬草屋の男と熱心にやりとりをし、小瓶に入った薬草を買った。瓶を光に透かしては小刻みに頷いている。
「コレと、コレと、コレッ。とりあえずこれだけください」
アーヤは食料品を扱う露店で塩漬けの魚やパン、干した果物を選びながら、ふと背筋に冷たい感覚を覚えた。
(…‥見られてる?)
「やっばり……誰かいるわ……」
小さく呟いて振り返った。
視線の出所を探すため、群衆の向こうに目をやると、オリーブ色のコートにフードを深くかぶった人物の姿が一瞬見えた。
その目が確かに自分を捉えていたように思えたが、次の瞬間には人波に紛れて消えてしまった。
「アーヤ様ぁ、こっち手伝ってください!」
ミラの声で我に返る。
「はい、お待たせ。」
「1,200レピンだよ」
「はいコレ、ちょうどね」
「まいどあり!」
アーヤは店のおばさんから袋を受け取ると、ミラの方へ向かった。
ミラとアーヤは一通り買い物を終え、グレイたちと合流しようと歩いていた。
すると、通りの端から小さな子どもが走ってきた。
擦り切れた服に素足。人混みを器用にすり抜け、アーヤたちの間に割り込む。
そして、ミラの腰袋に手を伸ばしかけた。
「こらっ!」
怒鳴り声と共に、その子の手首を掴んだのは、先ほどのフードの人物だった。
子どもは目を見開き、もがくが、その人物は一言も発さず、軽く突き放すようにして逃がした。
その動作には奇妙な優しさがあった。
アーヤが礼を言おうと顔を向けたときには、もうその姿は群衆の奥へと消えていた。
…なぜあの人は私たちを見ていたのだろう。
「あーびっくりした!」
「大丈夫、ミラ?」
「はい。大丈夫です。なんだったのかな……」
アーヤは気持ちがはっきりしないまま、グレイとエリスに合流した。
「どうかしたか、アーヤ?」
エリスが小瓶を手に首を傾げる。
「ううん……なんでもない。ただ……少し、気になることがあって」
全員の買い物が終わった頃、各々の袋は食料や薬草、布地、武具の部品などでいっぱいになっていた。
港の賑わいは相変わらずだが、アーヤの胸には、あの視線の感触だけが重く残っていた。
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Z.P.ILY




