第17話:出航の朝
エリスとの約束から二日後、港町ヨートナシの朝は、これまでとは違う雰囲気を帯びている。
「いよいよ出発だな」
「ホントに信じていいのかしら」
アーヤは背中に背負った荷物を何度か調整しながら、雨が落ちる海の向こうを見つめている。
「ここまできたんだから、彼を信じましょうよ」
ミラの体調はまだ完全ではないが、思いのほか回復が進んだ。
「そうだな。吉と出るか、凶と出るか。これも運命かもな」
「じゃ、行きましょうか」
「出発!」
三人は、エリスとの合流地点に向け、宿を後にする。
空は重く鈍い鉛色に覆われ、時折静かな雨粒が石畳を濡らしていた。雨に濡れた屋根からは雫がぽたりぽたりと落ち、湿った空気が肌を冷たく包んだ。
「待たせたな」
「さすが、神殿の方々は時間どうりニャ」
赤茶色の斑耳をピクピク揺らしながら、少し嫌味気味に言った。
「……準備はいいか?」
グレイが低い声で確認した。
彼の瞳は今日も冷静で、今の彼らの状況を的確に見据えている。
「雨音が、逆に隠れ蓑になるかもしれないニャ。見張りの目をかいくぐらなきゃならないからニャ」
エリスの声にはわずかな緊張と期待が入り混じっていた。
「船はどこだ?」
「あそこニャ」
「貨物船か」
「あぁ、ママベントまで荷物を運んでる。ちょっとした知り合いがいてな」
エリスがどうやって船を手配したのかは定かではないが、こうやって三人揃って乗船できるのはありがたい。
「荷物は持ってるニャ?」
「これよ」
アーヤは自分の荷物の中にある布袋を見せた。
「まだ中身は見てないわ」
「あぁ、見ないほうが身のためニャ」
アーヤは布袋の中が気になりながらも、大きく深呼吸をして、自分に気合いを入れた。
「よし、行こう」
「行きましょう」
三人は静かに動き出し、雨で滑りやすくなった石畳を慎重に進んだ。エリスも三人と少し距離をとりながら続いた。
「この先にある南桟橋ニャ。足元が滑りやすいから気をつけるニャ」
狭い路地を抜け、船が停泊する港の南桟橋へと向かう。
足音は雨にかき消され、バサバサと落ちる水の音だけが彼女らを覆う。
「ここから先は、警戒を強めよう」
グレイが声を潜めて言った。
「何かあったらすぐ知らせろ」
「何も起こりませんように……もうあんな目に会うのはゴメンだわ……」
「大丈夫よ、ミラ。ぜったいに守るから」
アーヤは、ヨートナシに着いてから、大切なものを守るという決意が強くなっていた。
「先を見てくるニャ」
エリスは軽く尾を振り、軽快に走っていく。
「俊敏だな。獣族の力は測りしれん」
「よし、大丈夫ニャ」
エリスの青氷色の左目は、これから起こることをまだ予感していなかった。
「ここから昇るニャ」
「よし」
「すべるから気をつけて」
「もう後には戻れませんね」
それぞれの思いを胸に乗船する。
雨の日でもカンカンと乾いた音が響くタラップを登ると、間もなく蒸気船の汽笛が鳴った。
ママベントに向かって出航する合図だった。
冷たい雨の中で、エリスを含めた四人の新たな絆は、静かに深まり始めていた。
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Z.P.ILY




