第16話:ネコの獣族
翌朝、アーヤとグレイは、この次の目的地ママベントに向かう手段を探りに街へ出た。
「副長、おはようございます」
「あぁ、おはよう。ミラはどうしてる?」
「部屋で休んでます」
「そうだな、それがいい。少し休養させて回復を待とう。よし、じゃあ行くぞ」
「はい」
雲ひとつない快晴、海鳥たちが陽気な歌を唄っている港は、朝早くから活気に満ちていた。
キラキラとした水面に浮かぶ蒸気船が、時を知らせる汽笛を鳴らす。
「朝捕れだよーー!おっ!そこのお兄さん!新鮮な魚はどうかね?ホタテやアワビもあるよ!」
「このタコ、まだ生きてるわ。動いてる」
「エビだってカニだってあるぞ。なんたってここは港町だからな」
潮風と魚の匂いが混ざる市場には、網にかかったばかりの魚介や香草、旅人向けの珍しい果物で賑わっている。
市場を抜けた先にたくさんの船が並ぶ埠頭があった。
ここヨートナシは、アルディナ王国のあちこちに航路を持つ、旅の拠点でもあった。
「ええっと……ママベント……ママベント……っと」
「航路がありすぎて、よくわからんな」
「副長!これじゃないですかね?」
「どれ?……おっ、これだ!」
「ママベント行きって書いてますよ」
アーヤとグレイは、多数の航路が記されている案内板から、ママベント行きの時刻表を見つけた。
「んーーーママベント行きの船……やっぱり一日に一本だけか」
「一日一本しかないなんて……」
「まぁ、仕方ないか。いまではただ遺跡がある古い都市。とりあえずその一本にのらないとな」
「出航日も天候次第だって。これじゃ計画通りには進まないわね」
グレイは船の予定が書かれた掲示板を睨み、腕組みをして眉を寄せた。
アーヤもアルディナの地図を丁寧に折り畳み、軽くため息をつく。
「何か他にママベントに行く方法はないのかしら」
「人を運ぶ船以外にも、何か他の船があるかもしれん。街に出て情報を探ってみるか」
「はい。何か掴めるかもされませんね」
まだ体力が戻らないミラを、一人宿に残してきた二人は、情報を集めるために街を回っていた。
「こんな果物まであるのね?」
「港町はあちこちから荷物が集まってくるからな。珍しいものも多いさ」
カラフルな果物が並ぶ店の前を通りかかったとき、すれ違いざま、視界の端になにやら白いものがひらりと揺れた。
「……!?」
赤茶色の斑のある耳、そして長い尾の先が朝日を反射する。
「……昨日の……気のせいなんかじゃないわ」
アーヤの何者かに付きまとわれているとの疑いが確信に変わった。
「何かあったのか?」
グレイが低い声で尋ねた。
「昨日宿に着いた頃から、何か白いものがチラつくんです。何か私たちを監視してるみたいだわ」
二人が恐る恐る路地を覗くと、そこにいたのは大胆にフィッシュバーガーをかじる白毛の獣族だった。
「うミャ!うミャ!このフィッシュバーガー最高ニャ!」
色の違う左右の目が、アーヤたちを横目で見ている
「なんだ、お前は?……獣族か?」
「あなたね!昨日から私たちのことつけまわしてたのは!」
「まぁまぁ、そう急かすなよ。ハンバーガーが不味くなっちまうニャ」
帰ってきた言葉に、アーヤは目を瞬かせる。
「いったいなんなの!」
アーヤは少しイライラしながら言った。
「あ〜〜うまかったぁ〜〜。それで、えぇっと……お前ら……船に乗りたいのか?」
エリスは長い尻尾をぷるぷる震わせて言った。
「ママベントに行きたいんだろう。手を貸してもいいニャ」
「あなた、なぜそれを……」
アーヤが言いかけたところで、エリスは金色の右目を細めて笑った。
蒼い左目が瞬間的にビカッと光り、何かを察したかのように頷く。
「なぜ私たちがママベントに行きたいのかわかったのかしら」
「オレはな、未来が見えるんだニャ。お前たちがくるのもわかっていた」
エリスは、獣族の中でも珍しい「未来視」の目を持っていた。
左の蒼い目は、かすかな未来の気配を捉え、右の金色の目は、今この瞬間の微細な動きを捉えていた。
「珍しいネコだ。オレはグレイ。アルディナ神殿で騎士団の副長している。お前、名前は?」
「まずな、ネコっていうな!オレはエリス。ここから西に行ったところにあるリアケーアに住む獣族だ」
「そうか、あの山の中腹にある獣族の街といわれている……」
港の喧騒の向こうで、カモメの鳴き声がひときわ高く響いた。
「それで、エリス。どうやってオレたちをママベントに運ぶんだ?」
「まぁ、任せなよ。その代わり、ひとつ頼みたいことがある」
「頼みたいこと?」
アーヤとグレイは目を合わせる。
そして、エリスのその提案がただの偶然の出会いではないことを直感するのだった。
*****
その日の夕方、再びおちあった二人と一匹?は、港の片隅にある古びた倉庫の影に身を寄せていた。
「船の手配はできてるニャ」
エリスは尻尾をゆらりと揺らした。
「それで?オレたちは何をすればいいんだ?」
グレイは警戒を隠さない体勢で聞いた。
「別に危ない仕事じゃない……とは言わないが……ただ、ある“荷物”を運んでほしいだけニャ」
その金色の右目は冗談ではない光を宿している。
「もしかして……その荷物って!」
後ろからの声に反応したアーヤとグレイは、咄嗟に振り返り、そこに立つ人物を見ておどろいた。
それは……宿で休んでいるはずのミラだった。
「……ミラ!?…なんでここに?」
「ごめん……部屋にじっとしていられなくて」
エリスの青氷色の左目がきらりと光り、鋭い視線がアーヤの背後に向けられる。
「わたしたちをつけてきたの?」
「ごめんなさい。でも……わたし……何か役に立ちたくて……」
ミラの頬はまだ少し青白く、ムリを承知で足を運んだのが見てわかる。
そしてその手には小さな布袋が握られていた。
「ふん!」
エリスは、片手で顔を洗いながらミラを見てニヤリと笑った。
「おや?それは……オレが頼みたい荷物にそっくりだニャ」
穏やかな波の音、吹き抜ける風のささやき、あたりを包みこむ港の喧騒、港町が織り成すハーモニーが、三人と一匹の時間を止める。
「まさか、あなた、ミラがここに来ることを……」
「ニャ、ニャ!」
この出会いは偶然ではない……昨日からの白いものは、運命に導かれたようにすべてがこの瞬間に繋がっていたのだった。
――未来視
エリスの青氷色の左目が光を帯び、これから起こるであろう運命の旅を映し出していた。
「アルディナの魔力 第一章 紅月の封印」お読みいただきありがとうございます。
今後の展開や、執筆における参考とさせていただきますので、是非、評価をお願いいたします。
誤字や脱字がありましたら、遠慮なくフォームよりご報告ください。
また、本作品へのご意見やご要望につきましては、メッセージ等で随時受け付けております。皆様からの忌憚のないご意見等をお待ちしております。
Z.P.ILY




