第50話:奈落の底
●主人公:アーヤ・アーデン
彼女はアルディナ王国の王都アルディナで、神殿の職務にあたる神官。以前は巫女だったが、その力を見込まれ神職試験を経て神官となった。
夫と子供二人を家族とし、仕事と家庭を両立するキャリアウーマン。清楚で真面目だが、心に秘めた好奇心と、誰にも言えない夢がある33歳である。
太陽の神子として覚醒し、世界を作り変えるために、神が作り出した六魔王を導く宿命を持つ。
●グレイ・リヴァント
神殿騎士団の副長を務める高身長のイケメン38歳。
筋肉質で短く整えられた黒髪は、鋭い青い目の視線を際立たせる。
戦闘では冷静沈着で真面目な性格からは想像できない強さと熱さを発揮する。神殿では最も頼れる存在。
アルディナの伝説の剣士の末裔。
●ミラ・フィローネ
アーヤが目をかけている後輩巫女。快活で素直な性格であり、神殿内の人間関係にも明るい。アーヤを姉のように慕う。巫女としての霊的な力や知識は持っているが、まだ未熟で成長過程。ショートの鮮やか赤い髪がカワイイ22歳。
風の一族との関係がありそう。
●エリス
王都の西に位置する街マクホカタの山の麓リアケーアにすむネコの獣族。白毛に赤茶の耳、しっぽの先も赤茶色。
明るい性格でいつもおちゃらけているが、特別な獣族にのみ与えられる能力〈未来視〉を持つ。青氷色の左目と金色の右目、能力の違うオッドアイが獣族の未来を見る。好物はフィッシュバーガー。
黒い壁が割れ、地下四階へ続く石の階段が姿を現した。
岩盤をくり抜いたような巨大な螺旋状の回廊は、闇の底へと吸い込まれていくように果てしなく続いている。
「……行くしかないな」
グレイが短く呟き、先頭に立つ。
背後で魔灯の炎が揺れ、その赤橙の光が壁に踊る。
四人とモルグは、慎重に一歩ずつ階段を降り始めた。
「まるで、塔を逆さにしたみたいね。でも上へじゃなく、地の底へ向かうなんて…」
ミラがぽつりと声を漏らす。
「油断するなよ。こういう場所にはだいたい罠があるものだ」
アーヤがすぐに眉をひそめ、壁に刻まれた古い模様へ視線を送った。
「罠って……どんな?」
ミラが首を傾げると、グレイが冷ややかに答えた。
「命を奪う類のものだ」
「ひぃ…やめてくださいよぉ、脅さないで!」
そんなやり取りの最中……エリスが突然、前方に手を伸ばした。
「待つニャ!……そこ…おかしいぞ!」
彼の指先が示した先、段差の縁にわずかな亀裂が走っている。
よく見れば、岩の色も他の段より暗い。
「隠し板か。踏めば崩れる仕組みだな」
グレイは素早く剣を抜き、その部分を突き崩した。
瞬間、板が砕け、深い闇の底へ石片が吸い込まれていった。
「マ、マジで!…あぶなっ……!」
ミラがびっくりした顔で後ずさる。
「簡単には行かせてはくれないようね。…気をつけて進みましょう」
アーヤは仲間に向かって警告するように言った。
再び歩き始めた足音が空洞に反響し、不気味な共鳴を生む。
「…この階段、長い…」
ぽつりとモルグが口にした。
「底が見えないのって、ちょっと不安」
アーヤが答えると、彼は小さく頷いた。
「ちょ、ちょっと待て!そこから離れて!」
エリスの左目がキラリと輝き、この先に起こることを予感する。
…だが、その直後だった。
「きゃっ!」
後方のミラの足元が突然沈み込む。
彼女の足は床板に引き込まれ、螺旋階段全体が轟音を立てて揺れ始めた。
「ミラ!」
アーヤが叫び、駆け寄ろうとした瞬間、階段の岩盤そのものが崩れ落ちていく。
「まずい!全員離れろ!」
グレイの声と同時に、足場が次々と砕け、闇へと崩れ落ちた。
「いやぁぁぁぁ!」
ミラの悲鳴が洞窟に響く。
彼女の身体は宙へと投げ出され、奈落へと落ちていった。
「ミラぁーーーっ!」
アーヤは必死に手を伸ばすが届かない。
「このままではまずいわ!」
アーヤは思わず咄嗟に呪文を唱える。
「光よ!柔らかき羽となって、抱き止めよ!」
彼女の掌から溢れた光が渦を巻き、落下するミラの下に淡い光の膜を展開する。
次の瞬間、轟音とともに階段が完全に崩壊し、彼女たち全員が闇へと飲み込まれた。
「うわぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!」
階段の下、土煙が充満した空間には、多くの瓦礫の山が築かれた。
瓦礫の量がその崩壊の激しさを物語っている。
「危なかった……」
「…危機一髪…ね…」
崩壊に飲み込まれたグレイたちは、アーヤの呪文により、落下の衝撃を免れた。
アーヤの魔法が展開した光の膜が、まるでシャボン玉のように膨らみ、みんなを包み込んでいる。
「い、生きてる……?」
ミラが目をぱちぱちさせ、胸を押さえて安堵のため息をつく。
「はぁ……心臓、止まるかと思ったぁ……!」
「よかった……間に合った」
アーヤは額の汗を拭い、深く息を吐いた。
「さすがだな…」
「ありがとう、アーヤ!もう、死ぬかと思ったニャ!」
モルグはその巨体の自由が効かずモゾモゾしている。
「いい、解除するわよ?…衝撃に備えて!」
アーヤは瓦礫のない場所を選び、光の魔法を解除した。
光の玉は弾け、五人が地面に落下する。
ーードンッ!
「痛ててっ!」
「きゃっ!」
無事?…に階段下まで降りてきた五人は、視界に入った光景に驚く。
「不気味なところだ…」
グレイの声が低く響いた。
彼の視線は、周囲の光景に釘付けになっていた。
アーヤも改めて辺りを見渡す。
そこは、静謐でありながら不気味な広間だった。
無数の石の墓標が整然と並び、淡い青白い光石が墓ごとに埋め込まれている。
天井からは鍾乳石のような石柱が垂れ下がり、滴る雫が墓標を濡らしていた。
「……墓場…なの?」
ミラが小さな声で呟く。
「洞窟の霊園……か」
グレイが言葉を選ぶように呟いた。
「おそらく、ここが地下四階の入り口だ」
「……霊園……」
アーヤは墓標のひとつに歩み寄り、指で刻まれた古代文字をなぞった。
「名前だ…、ゆ…う…しゃ…ホーリー……勇者ホーリー…って書いてあるわ。こっちは、し…ん…かん…テッド…神官テッド…」
「もしかしてここは…勇者や探索者たちの眠る場所……」
アーヤが眉をひそめる。
「そうかもしれないな。だが、ただの墓ではない。これだけ整然と並んでいる……意図的に造られたものだ」
「誰が、なんのために……?」
ミラが言葉を失う。
静寂の中、ぽたりと雫が落ちる音だけが響いた。
だがその背後で、ひやりとするほど冷たい風が流れた。
「…誰かに、見られている」
アーヤが低く呟いた。
グレイは即座に剣を構え、エリスもすぐに動き騙せるように身構える。
ミラは思わずモルグの背に身を寄せた。
四人と一体は、墓標の並ぶ「洞窟の霊園」の中央に立っていた。
その静寂を破るように、どこからか囁き声が響いてきた。
「ココマデコレタトハ、オドロキダ…」
不気味な声が、闇に満ちる。
地下四階の戦いは、すでに始まっていた。
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Z.P.ILY




