第9話:精霊の記憶
気がつくとあたりが霧に包まれていた。
幻想的な森は、金色の月光が銀色に輝く霧によって、より一層その雰囲気を漂わせていた。
「真っ白だわ」
「月の光がなかったら足元も見えやしない」
「見て!アレ!」
ミラが前方を指さして叫んだ。
風が葉を揺らし、花が弾けたように小さな光がほころび、広がっていた霧がゆるやかに円を描くように渦巻いていく。
「巻き上がっていく……」
アーヤが小さく口を開いた瞬間、一瞬にして霧が晴れた。
霧の中に、きらりと光る何かが、氷のように透き通った“結晶”のようなものが、宙に浮かんでいた。
「……何?、あれ?……」
ミラの声が震えていた。
月光を吸い込んだそれは、まるで命を宿したかのように脈動しながら、甲高い音とともに結晶から光が飛び出した。
結晶から飛び出した光は、アーヤたちの後方に勢いよく移動した。
「ひと粒で五感が目覚める、森の極上スパイスよ〜。あれ?違ったかしら?」
「!?」
三人は後ろからきこえた声に反応して振り返る。
そこには長い茶色の髪にキラキラ輝く瞳の、穏やかな雰囲気を纏った少女が立っていた。
――月と森の精霊"リューネ"
その姿は人のようでありながら、どこか儚げで現実離れしている。
「だれ?」
「さっきのモヤの人?」
「油断するな!くるぞ!」
三人は得体のしれない浮遊物を警戒した。
さっきは薄れていたその姿が、今度ははっきりと見える。
「わたしはリューネ。月と森の精霊。」
「精霊だと!」
「副長!ちょっと待って!」
アーヤは今にも飛びかからんとするグレイを止めた。
「悪い気は感じないわ。彼女には何か安らぎを感じる。少し様子をみましょう」
リューネはくるりと宙で回りながら、手を振っている。
「あなたを月の記憶に連れてゆくわ……たぶん。うん?……きっと。間違ってなければ……たぶん?」
「何を言っるんだ?自分で言ってることがわからないのか?」
グレイは少しイライラしながら小声で言った。
リューネの衣は月光を織ったように光を反射し、揺れる髪からは淡い光の粒子がこぼれていた。
「月の記憶……それって……」
アーヤが声をかけると、精霊はくるりと一回転して微笑んだ。
「うしろを振り返ってみて」
リューネがアーヤにやさしく囁く。
「後ろ?」
アーヤがリューネに促され、後ろを振り返ると、さっきまで少し離れていた結晶が、アーヤのすぐ目の前まで迫っていた。
アーヤの額へ結晶が触れた瞬間、視界が反転した。
三人が見てる空間はまるで別世界だった。
*****
目の前に広がるのは、記憶の断片。
月光に照らされた神殿。風に揺れる衣。
そして、ひとりの巫女が、封印の石の前で静かに歌を口ずさんでいた。
「……まるで……あの壁画に似てる……」
ミラが呟くように言った声は、これまで聞いたことのない響きでこだましていた。
「壁画の祈り……“月が満ちゆく夜、封印が揺らぐ”……そんな一節があったような……」
ミラは懸命に思い出そうとする。その横顔には、いつもと少し違う無垢な誠実さが浮かんでいた。
巫女の唇が震え、声なき歌がアーヤの心に流れ込んでくる。
(♫〜♪〜♫♪〜)
どこか懐かしく聞き覚えのあるその旋律はアーヤの中に深く眠る記憶を呼び覚まそうとしている――
「何か……何かが……誰なの……」
アーヤは、温かさの中に優しさと強さを感じる旋律にそっと包まれた。
(♪♪〜♫〜♪〜♫〜)
アーヤの頬を冷たい涙が伝っていた。
*****
「……ァ-ャ……アーヤ!」
突然現実に戻された三人は、それぞれの生存を確認する。
「みんな、大丈夫か?」
「はい!……でもアーヤ様が!」
「……わたし……わたし……わたしは…誰なの…」
「アーヤ!しっかりしろ!」
アーヤの肩にグレイの手がそっと触れた。
「……副長……わたしは誰なんですか?」
アーヤの問いは届かないまま、グレイは視線を森の奥へ向けた。
その沈黙の奥には、確かな動揺があった。彼の瞳は何かを探すように揺れていた。
「行こう。森の奥へ」
グレイは何かを振り払うかのように言った。
彼の言葉には、微かに翳りがあった。
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