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91. アメリアの事情(アメリア視点)

初夏の晩、公爵邸では盛大なパーティが開かれていた。

今日は、公爵家嫡男──レオンの誕生日だ。


本来なら学生であるため出席は免除されるのだが、婚約者という立場上、そうはいかない。

参加者の多くは、自分たちよりも年上の高位貴族たち。その中には、王族の姿もあった。


アメリアは主役のパートナーとして、次々と挨拶を交わし、そしてレオンとともにファーストダンスを踊った。

パーティも中盤を迎えた頃。アメリアはひとり、バルコニーに出ていた。

月に一度は訪れている公爵邸──勝手知ったる邸内の中でも、最も人目につかない場所を選び、静かに息を整えていた。


レオンは心配してついて来ようとしたが、今日の主役は彼だ。

丁重に断り、ひとりの時間を得た。

こうして、バルコニーで風にあたるのも毎年恒例のこと。

けれど、今夜のアメリアの胸には、いつもとは少し違う思いがあった。


──レオンに、プレゼントを渡したい。


けれど、その勇気が出せないでいた。


レオンは、そういったやり取りに関心が薄い。

贈り物も、手紙も、祝福の言葉すら、彼の口から聞いたことがない。

だからこそ、アメリアもそれに合わせて、必要以上にそういったやり取りを控えていた。彼に初めてプレゼントを渡したのは、6歳の誕生日。


──あれから、もう十年が経つ。


最初で最後のプレゼントは、たしかアメジストのブローチだった。

果たして覚えているだろうか──そんな不安がよぎる。


けれど、卒業舞踏会で見せた彼の熱のこもった視線。

あの視線が、アメリアがとうの昔に諦めていた気持ちに火をつけてしまったから。

あの意味を、どうしても確かめたかった。


だから、アメリアは今、ポケットに小さな箱を忍ばせていたのだ。

2人きりになるタイミングはあった。

だが、いざ本人を前にすると、その熱がアメリアのただの妄想だったと言われるのが怖くて、らしくも無く尻込みしていたのだ。



「……ここにいたのか」


振り返ると、そこには二つのグラスを手にしたレオンが立っていた。


「……レオン様?」

「いらないと申しましたのに」

「私が休みたかったんだ。その理由にさせてもらった」

「まぁ」


いつものように、レオンは結局、アメリアのもとへやってくる。

それが彼なりの、静かな気遣いだとアメリアは知っている。二人の間に、しばしの沈黙が流れる。


このパーティが終わってしまえば、アメリアは両親と共に家に帰る。今しかもう、チャンスはない。

アメリアのポケットにある小さな箱が、そっと背中を押してくれた。


「レオン様、お誕生日……おめでとうございます」


アメリアはそっと箱を差し出す。


「……俺に?」

「あなた以外に誰がいますの?」


小さく微笑みながら、突っ込みを忘れない。

レオンは、どこか不思議そうな顔で箱を受け取った。


「……開けていいか?」

「ええ、どうぞ」


レオンは静かにリボンを解き、丁寧に箱を開いた。

中には、アメジストのカフスリングが収まっていた。


「これは……アメリアの瞳の色、だな」

「……ばれないと思ったのですが」

「6歳の誕生日のときも、同じ色の石をもらった。あのときは、ブローチだったな」

「覚えていらしたのですね」


そのブローチを、つけているのを見たことはない。

だからこそ、忘れていると思ったのに。


「毎晩、寝る前に眺めているからな」

「……え?」


思わず、息を呑む。

それはつまり、いつも自分のことを思い出してくれていた──そういうことだろうか。


「俺にとっては……アメリアが、道標だったから」

「……道標、ですか?」

「ああ」


それだけ言って、レオンは口をつぐんだ。

相変わらず言葉が足りない。

けれど、おそらくその胸の内では、いくつもの思いが巡っているのだろう。

それが語られることは、きっとない。


それでも、道導と例えられるのは、とてもいい気分だった。


「……ふふ」

「何がおかしい?」

「レオン様らしいと思ったのです」


そう言ってアメリアが笑顔を向けたその瞬間、レオンがそっと顔を寄せてきた。

唇に、ちゅ、と軽やかな音とともに、温かい感触が触れる。


「……レオン様?」

「……すまなかった」

「すまないって……」


気まずそうに背を向けかけたレオンの服の裾を、アメリアはそっとつまむ。


また、言葉が足りない。

けれどその不器用さも、彼の奥にある誠実な想いも──アメリアには、十分すぎるほどだった。


「……私は、レオン様の婚約者ですわ」

「……アメリア」

「だから……私は、あなたのものです」


再び引き寄せられ、今度はもっと深く、熱を帯びたキスが注がれた。

ここが人目につかない場所でよかった、と。

アメリアは翻弄される頭の中で、ぼんやりとそう思った。



──そんな出来事があったのは、初夏のこと。

それ以来、レオンは驚くほど頻繁にキスを求めてくるようになった。


二人きりになれば、馬車の中だろうと場所などお構いなし。

正直、彼にこれほど情熱的な一面があるとは、想像もしていなかった。


「レオン様……」

「レオン、だ」

「れ、おん」


そう呼ぶたびに、唇が重なる。

今日は王妃様主催のお茶会だ。化粧も衣装も、完璧に整えている。

──にもかかわらず、である。


「レオン……少しだけ、待っていただけませんか? わたくし、今日は王妃様とのお茶会が……」


「わかっている」


そう答えながらも、止める気配は一向にない。

結局、王宮の手前に着くまで、その情熱は途切れることはなかった。


お茶会の会場までアメリアを送り届けると、レオンはどこか満足げな顔で立ち去った。どうやら、イリオスに呼ばれているらしい。


一方のアメリアはというと──

始まってもいないのに、すでにぐったりしていた。


(これじゃ、もたないわ……)


特に、精神的な疲労が大きい。

レオンがなぜ、ここまで“キス”をしたがるのか、まったく見当がつかない。

今日が“お茶会”の日だというのに。


──そう、お茶会とは。女性にとっての戦場である。


ただ楽しく談笑する場などではない。

家格、領地経営、財政状況、政治的発言力。すべてが絡み合い、丁寧に張り巡らされた言葉の網をくぐり抜ける、冷静さと鋭さを要する場だ。


アメリアは、徐々に苛立ちすら覚え始めていた。


確かに、婚約者とのキスが咎められることは少ない。けれど、それはあくまで“節度を守っている”範囲内の話だ。


(完全に拒絶できなかった私も……悪い、ですけど)


アメリアはなんだかんだで、レオンに甘い。

惚れた弱みか、なんだかんだ毎回流され、受け入れ続けてしまっている。感情表現が乏しく、これまでさほど関心を向けられてこなかったアリメアにとって、それは喜びにさえなっていた。


ふと、先ほどの馬車でのキスを思い出す。

深く、何度も何度も角度を変えてキスをしてくる。

腰に手を回され、頭も髪が崩れない程度に抑えられアメリアの逃げ場はどこにもなかった。

あの様子では「なぜキスで止まっているのか」が不思議なくらいだ。


(このままでは……貞操が、危ういのでは?)


そんな危機感が、ようやくアメリアの胸に芽生えた瞬間だった。


──このままでは、本当に危ない。


(どこかに、逃げられないかしら……)



らしくない現実逃避をはじめる。

けれど、あのレオンに悟られずに姿をくらますなど、容易なことではない。彼女が単独で動こうものなら、きっと彼も当然のようについてくるに違いない。


そうなれば、もう──流される未来しか見えない。


(……都合の良い話でも、落ちてこないかしら)


お茶会が始まる直前、アメリアは頭の片隅でそんなことを願っていた。

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