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5. 偶然を装った姫の画策

「本日から、魔術理論の課題は二人一組での取り組みになります。

ペアは、こちらの名簿にて指示された通りに行動してください」


教授の声が講義室に響いた瞬間、心臓が跳ねる音を耳の奥で聞いた。

廊下に貼り出されたペア表に、生徒たちはざわざわと群がる。僕も、できるだけ自然を装いながら列に加わった。


──ノエル・アーデン/リヴィア・ラヴェルナ。


胸の奥で、ひそかに小さなガッツポーズをした。



数日前。

講義後にノートを鞄にしまいながら、僕は考えていた。


──このままじゃ、だめだ。


リヴィアに「謝りたい」と思っているのに、肝心の機会がない。貴族院では単位制が採用されていて、必修以外は各自で受講する講義が違う。彼女と同じ講義を受けるチャンスすら、滅多にないのが現状だった。


(会えないなら、話せるわけがない)


今さらながら、そんな当たり前のことに気づいた。


──だったら、機会を作るしかない。



そんな結論に達した僕は、意を決して担当教授のもとを訪れた。


「アーデン君、何か?」

「はい、リヴィア・ラヴェルナ嬢の件で、少しご相談がありまして」


教授は穏やかに頷き、続きを促す。


「ご存じの通り、貴族院では単位制を採用しています。必修以外は生徒によって履修科目が異なるため、同じ学年でも、顔を合わせる機会は限られます」


「うん、確かにそうだね」


「リヴィア嬢は転入してきたばかりで、学内にもまだ不慣れです。できれば、少しでも負担を減らす形で共同作業ができればと。……もしよろしければ、今回の共同課題では、僕がペアを組ませていただけないでしょうか」


一呼吸置いて、誠意を込めて頭を下げる。

教授は静かに笑った。


「君らしいな、アーデン君。君のことは、初等部の教師たちからもよく聞いているよ。

レオン・ヴァレンティア君と並んで、とても優秀で真面目な生徒だと──皆、口を揃えていた」


僕は自然と背筋を伸ばしていた。


「その誠実さなら、リヴィア嬢にとっても良い支えになるだろう。わかった、今回は君の提案を受け入れよう」


これまで積み重ねてきた学院での評価と、ささやかな機転。その両方を使った“下準備”が、今、実を結んだ。



「ノエル、顔。めちゃくちゃ緩んでるぞ」

「気のせいだよ」

「……ふーん。ま、頑張れよ、姫」

「だから姫じゃないってば!」


小声で応酬しながら、でも頬の緩みはどうしても抑えきれなかった。

後ろから、リヴィアがやってきた。


「ご一緒できるようで、光栄です、ノエル様」


リヴィアが恭しく頭を下げる。


「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」


僕もきちんと礼を返しながら、胸の奥ではもう小さな花火が上がっていた。


(リヴィアと……ペアだ……!)


声に出さないだけ、まだ理性は保たれている。たぶん。


課題は「魔石を利用した術式展開の基礎理論と、魔力流動・制御の分析」。 既存理論の整理と簡単な再現実験が求められる。


「まずは、既存の術式理論の基本構造を洗い出しましょうか。」


リヴィアの提案に、僕は深く頷く。


「そうですね。僕が、初期案の構成表をまとめます。リヴィア嬢は論理整合性をご確認いただけますか?」


「かしこまりました」


無事に作業分担が決まった、そのあとだった。

リヴィアがふと、少しだけ柔らかい笑みを見せた。


「ノエル様とペアを組めて、本当に心強いです。きっと、迷子にはならないでしょうから」


「……迷子?」


思わず聞き返すと、リヴィアは小さく肩を揺らして笑った。


「ええ。学院内、広くて複雑ですから。前に、別の講義棟で少し迷ったことがありまして」


「なるほど……」


(……うん、今日のリヴィア、なんかいつもより柔らかい)


彼女がほんの少しだけ見せた"普通の女の子"らしさが、胸にそっと温かいものを落とした。


「では、課題も、迷子にならないように頑張りましょうか」

「……はい、道案内は得意ですので」


彼女は会話が終わると、無駄のない動きでメモを取り始めた。その横顔を盗み見るだけで、胸の奥がふわっと温かくなる。


(……隣にいられるって、すごい)


手を動かしながら、そんな単純なことにいちいち感動してしまう自分が少し情けない。けれど、それを止めることはできなかった。


今日の僕は、たぶん、ちょっとだけ幸せだった。


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