31. 複雑な乙女心
図書館で名前呼びを達成してから、本格的に試験準備期間に突入した。
貴族院の試験は過去問だけではなく、その年だけの問題が出ることも多い。
それだけ、試験対策としては十分に取る必要があった。
その上、必修科目については試験結果が公表される。
普段は大して順位を気にしていないが、今年からは違う。
僕だって男だ。婚約者の前では格好つけたい。
リヴィアはどうみても優秀だ。確実に上位に入ってくる。
婚約者よりも下位にいることは絶対に避けたい。
リヴィアとの仲をもっと深めたい気持ちを抑え、勉学に集中していた。
*
そうして、試験が終了した。
試験終了後、1週間は採点期間になるため生徒は休みになる。
その間、普通の婚約者ならデートなりするかもしれないが……
案の定そこまでは仲良くなれていないため、素直に貴族院が始まるのを待っていた。
これほど、休みが早く終えて欲しいと思うこともなかった。
試験が終わったら、リヴィアともっと話したい。もっと近づきたい。
一刻も早く、本物のリヴィアと話をしたくてたまらなかった。
そして、迎えた休み明け──
学内の掲示板前には、待ちきれなかった生徒たちが群がっていた。期末考査の結果発表。
僕はというと、掲示板の列の端からそっと目をやっただけで、すぐに顔をそらした。
(まあ……どうせレオンが一位だろ)
いつも通りの皮肉混じりの諦めだったが、今日は違う。レオンとの順位よりも大事なことがある。
「うおお、やっぱりレオンか……って、ん? 二位……」
誰かの声が聞こえる。
「アーデンとラヴェルナ、同着!?」
瞬間、僕の目も自然と掲示板へと向いた。
──第二位:ノエル・アーデン
リヴィア・ラヴェルナ
ほんの一瞬、胸の奥がふっと軽くなった。同着ではあったが、リヴィアよりも順位が低くなかったことにほっとした。
早くリヴィアと話したくて、周囲を探す。
「ノエル様」
名前を呼ばれた。振り向くと、そこにはリヴィアがいた。
「試験対策に、ご協力いただきありがとうございました。それでは、失礼します」
それだけを告げると、彼女は軽く一礼し、そのまま踵を返した。笑顔はなかった。
「……え?」
反射的に一歩踏み出しかけたが、その背中に呼び止める声はかけられなかった。
(……なんで?しかも、また様付け……)
僕は何か悪いことをしただろうか。彼女を怒らせるような、心当たりは――
「お前、なんかしたのか?」
横からユリオが顔を出す。
「全く心当たりがない……ほんとに」
「それであのテンション? 相当怒ってるぞ、あれ」
「……やめてくれ、怖くなってきた」
頭を抱えながらも、僕の中には不安が芽生えていた。あの時のリヴィアの顔が、まるで仮面のように無表情だったことが、ずっと引っかかっている。
*
考査の結果発表以降、リヴィアとの会話はめっきり減った。
話しかけても会話をすぐに切り上げられる。
そもそも、リヴィアのことを見かけることも無くなった。
(……しかもノエル”様”呼び)
全くもって心当たりはない。
明らかに態度が違うため、さすがにレオンにもユリオにも心配された。
『乙女心は複雑だぞー、ま、俺には関係ないけどな』
『悪いが、力にはなれない』
心配しつつも、二人の投げやりな態度に腹がたつ。
そうこうしているうちに、貴族院では年末の式典の準備が始まった。
秋の実りに感謝を捧げ、神の加護に礼を尽くす――
それは、魔力を授かった者たちに課された、最も古く尊き義務として定められている。
本来であれば、貴族全員で取り組むべき式典だが、春から秋にかけては貴族も各自の領地の対応が忙しい。
そこで、魔力を持ち、領地の実務に関わらない王都在住の貴族院生徒たちが、毎年その役目を担っている。
これまでは初等部だったため、基本の作業は魔石への魔力供給のみだったが、高等部からは実際の式典対応が入ってくるらしい。
各学年5名ずつ実行役員に選ばれることになり、1年目は学年の成績優秀者の上位5名が任命された。
レオン、ノエル、リヴィア、アメリア、そして――オスカー。
見知った名前がほとんどだが、リヴィアと社交練習をしていた名前を見て思わず唇を噛む。
彼だけは、リヴィアに近づけないようにしなくては。
そう心に決意し、各学年の実行役員の顔合わせに参加するため、教室に入った。




