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31. 複雑な乙女心

図書館で名前呼びを達成してから、本格的に試験準備期間に突入した。

貴族院の試験は過去問だけではなく、その年だけの問題が出ることも多い。

それだけ、試験対策としては十分に取る必要があった。


その上、必修科目については試験結果が公表される。

普段は大して順位を気にしていないが、今年からは違う。

僕だって男だ。婚約者の前では格好つけたい。


リヴィアはどうみても優秀だ。確実に上位に入ってくる。

婚約者よりも下位にいることは絶対に避けたい。

リヴィアとの仲をもっと深めたい気持ちを抑え、勉学に集中していた。



そうして、試験が終了した。

試験終了後、1週間は採点期間になるため生徒は休みになる。


その間、普通の婚約者ならデートなりするかもしれないが……

案の定そこまでは仲良くなれていないため、素直に貴族院が始まるのを待っていた。

これほど、休みが早く終えて欲しいと思うこともなかった。


試験が終わったら、リヴィアともっと話したい。もっと近づきたい。

一刻も早く、本物のリヴィアと話をしたくてたまらなかった。


そして、迎えた休み明け──



学内の掲示板前には、待ちきれなかった生徒たちが群がっていた。期末考査の結果発表。

僕はというと、掲示板の列の端からそっと目をやっただけで、すぐに顔をそらした。


(まあ……どうせレオンが一位だろ)


いつも通りの皮肉混じりの諦めだったが、今日は違う。レオンとの順位よりも大事なことがある。


「うおお、やっぱりレオンか……って、ん? 二位……」

誰かの声が聞こえる。


「アーデンとラヴェルナ、同着!?」


瞬間、僕の目も自然と掲示板へと向いた。


──第二位:ノエル・アーデン

      リヴィア・ラヴェルナ


ほんの一瞬、胸の奥がふっと軽くなった。同着ではあったが、リヴィアよりも順位が低くなかったことにほっとした。

早くリヴィアと話したくて、周囲を探す。


「ノエル様」


名前を呼ばれた。振り向くと、そこにはリヴィアがいた。


「試験対策に、ご協力いただきありがとうございました。それでは、失礼します」


それだけを告げると、彼女は軽く一礼し、そのまま踵を返した。笑顔はなかった。


「……え?」


反射的に一歩踏み出しかけたが、その背中に呼び止める声はかけられなかった。


(……なんで?しかも、また様付け……)


僕は何か悪いことをしただろうか。彼女を怒らせるような、心当たりは――


「お前、なんかしたのか?」


横からユリオが顔を出す。


「全く心当たりがない……ほんとに」

「それであのテンション? 相当怒ってるぞ、あれ」

「……やめてくれ、怖くなってきた」


頭を抱えながらも、僕の中には不安が芽生えていた。あの時のリヴィアの顔が、まるで仮面のように無表情だったことが、ずっと引っかかっている。



考査の結果発表以降、リヴィアとの会話はめっきり減った。

話しかけても会話をすぐに切り上げられる。

そもそも、リヴィアのことを見かけることも無くなった。


(……しかもノエル”様”呼び)


全くもって心当たりはない。

明らかに態度が違うため、さすがにレオンにもユリオにも心配された。


『乙女心は複雑だぞー、ま、俺には関係ないけどな』

『悪いが、力にはなれない』


心配しつつも、二人の投げやりな態度に腹がたつ。

そうこうしているうちに、貴族院では年末の式典の準備が始まった。


秋の実りに感謝を捧げ、神の加護に礼を尽くす――

それは、魔力を授かった者たちに課された、最も古く尊き義務として定められている。


本来であれば、貴族全員で取り組むべき式典だが、春から秋にかけては貴族も各自の領地の対応が忙しい。

そこで、魔力を持ち、領地の実務に関わらない王都在住の貴族院生徒たちが、毎年その役目を担っている。

これまでは初等部だったため、基本の作業は魔石への魔力供給のみだったが、高等部からは実際の式典対応が入ってくるらしい。


各学年5名ずつ実行役員に選ばれることになり、1年目は学年の成績優秀者の上位5名が任命された。


レオン、ノエル、リヴィア、アメリア、そして――オスカー。


見知った名前がほとんどだが、リヴィアと社交練習をしていた名前を見て思わず唇を噛む。

彼だけは、リヴィアに近づけないようにしなくては。

そう心に決意し、各学年の実行役員の顔合わせに参加するため、教室に入った。



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