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27. 初心

「ノエル様、先ほどの魔力操作、とても綺麗でした。……参考にさせていただきたいくらいです」


魔力制御の実技授業が終わった直後、ノートを閉じかけていた僕に、リヴィアがふわりと声をかけてきた。

一瞬、時が止まったような錯覚。


まとめた髪の一房が、動きとともに肩から滑り落ちる。その仕草さえ、教本から抜け出したような優雅さで——そしてその顔が、真っ直ぐに僕を見て、微笑んでいた。


(え、待って?今……今、褒められたよな?今のって、カウント入れていいよな?ていうか、なんで!?あの操作、そんなに目立ってたっけ!?)


「……ノエル様?ご不快だったでしょうか」

「あ、いや、そういうんじゃないです!むしろ、えっと……お褒めに預かり、光栄です……!」


ああもう、噛んだ。心の準備も整っていないのに、急に“褒めてくる”のは反則だ。


「そうでしたか。ご不快でなくて、よかったです」

彼女はふっと安心したように目を細めると、いつもの所作で一礼する。


「それでは、また午後に」


(え、え、待って……その笑顔、可愛すぎでは……?)


ひらりと翻るスカートの動きまで、脳裏に焼き付いた。

……会話カウント、本日三回目。


「おい、ノエル。顔が緩みすぎてるぞ」

「ああ、自覚ある」

「自覚あるならなんとかしろ」

「できるもんなら、とっくにしてる……!」


改めてリヴィアに話しかけられたことを反芻する。今日も、いや今日のリヴィアは、特に可愛かった。


魔石の共同解析を終えてからというもの、なぜか彼女のほうからも話しかけてくれるようになった。以前は、僕が話しかけなければ会話は生まれなかったのに。


(……これ、かなりの進展じゃないか?)


地味に数えてきた会話回数は、通算で——五十三回目を超えた。

もちろん自覚はある。婚約者との会話回数を数えるのは、気持ち悪いと言われても仕方ない。でも、嬉しすぎて……やめられない。


(これって、関係が深まってきたってことで……いいよな?)


僕は真顔で思考を巡らせる。


(次のステップに進んでも、きっと……バチは当たらないはず……)

(そろそろ……名前で呼びたい……!)


今も呼んでいるのは呼んでいる。だが、「リヴィア嬢」付きだ。この前なんて、アメリアがさらっと呼び捨てにしてて、こっそり嫉妬してしまった。僕の婚約者だぞ。あれは僕が先に呼ぶべきだった!


「心ここに在らずだなぁ」

「最近多いな、これ」

「リヴィア嬢に話しかけられて、脳みそ溶けてんじゃないか?」


レオンとユリオの会話が耳に入ってきた。……まあ、否定はできない。


「実はさ、そろそろリヴィア嬢との関係をもう少し深めてもいいかなって思ってる」


意を決してそう言うと、二人の顔がニヤリと悪い意味で光った。


「おっ、次は何するんだ?手繋ぎ?それともキス?」

「なっ、するわけないだろ!?」

「お前さ〜、婚約者同士だろ?普通するって、な?レオンさん」

「黙秘する」


なぜユリオがいる場で相談をしてしまったのか、過去の自分を問い詰めたい。

リヴィアと手を繋ぐ?それだけで心臓が跳ねるのに、キスなんて……想像しただけで意識が飛ぶ。


「てかお前、手は繋いでるだろ。エスコートでな。あれ何回やってんだよ?姫」

「だからそれは違う!あれは式典上の儀礼!完全に別物なんだ!」

「……姫、落ち着け」

「姫じゃない!」

「じゃあ何をするつもりなんだよ」


ユリオが苦笑混じりに聞いてくる。


「……名前で、呼びたい」

「…………」


沈黙ののち、二人がほぼ同時に吹き出した。


「お前、初心か」

「いや、わかるけどな!? でも逆に応援したくなるレベル!」

「……もういい。お前らには相談しない……」


顔を覆いながら、僕は机に突っ伏した。それでも——名前で呼ぶ日を夢見る心は、案外しぶとく残っていた。



「ノエル様、少し……お時間いただけますか?」

放課後、教室を出ようとしていた僕に、リヴィアが声をかけてきた。呼吸が浅くなるのを意識で抑えながら振り返ると、彼女は教科書を胸元に抱え、真っ直ぐな目でこちらを見つめていた。


「もちろん。どうかされましたか?」

「実は、前期考査のことで……過去問などあったりするでしょうか?

セレスティアにいた頃は、先輩方から譲っていただいたのですが、こちらではまだ伝手がなくて……」


(か、かわいい……控えめな頼り方が尊い……!)


頭の中で、静かに鐘が鳴る。僕は即座に返答を整えた。


「それなら、僕が履修している科目だけですが、先輩方から譲っていただいた過去問をまとめてあります。1学年は必修科目も多いですし、お力になれると思います。よければ、それを使って一緒に確認しませんか? 図書館なら、静かで集中できますし」


「ありがとうございます。それでは、明日の放課後、お時間をいただけますか?」

「ええ、もちろんです」


リヴィアは安心したようにふっと優しく笑った。

(……今、笑った……!)

その日は一日中、浮かれていた。


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