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26. 解析結果

サロンの扉を開けた瞬間、ほのかに果実の香りが漂ってきた。日が傾きかけたラヴェルナ邸の東庭——その奥にある小さなサロンには、紅茶と焼き菓子の名残がまだ残っていた。


「お帰りなさいませ」


アメリアが優雅に微笑む。その隣では、リヴィアがふと立ち上がり、こちらを振り返った。秋の光が彼女の髪を透かしていた。思わず一瞬、目を奪われる。


「ご足労をおかけしました。……解析の結果は?」


声はいつも通り穏やかだったが、その目はわずかに緊張を帯びている。やはり、気になっていたのだろう。

僕は軽く頷き、隣のクロード部門長に視線を向ける。クロードは椅子を引き、静かに語り始めた。


「結論から申し上げましょう。あの青い魔石には、通常の魔石の約九十倍から百倍……つまり一個で百個分の魔力が内包されていました」

「百……?」


リヴィアの小さな声が、サロンの空気を震わせた。その横でアメリアがわずかに眉を上げる。


「加えて……問題なのは、その魔力の“飽和状態”です」

クロードの目が、細く鋭くなる。


「石自体が、内包する魔力の限界点に近づいており、わずかですが常に魔力が漏れ出しています」

「つまり……危険だ、ということですか?」

「正確には、“魔力的な強い刺激”を与えれば——たとえば、他の強力な魔法と接触した場合、魔力の暴発、あるいは爆発が起こる可能性があります。物理的な衝撃ではなく、あくまで魔力の共鳴による刺激です」

「……!」


全員の間に、重い沈黙が落ちた。ティーカップの中の紅茶が、冷たくなったようにさえ感じられた。

クロードはさらに言葉を続ける。


「通常の魔石であれば、魔道具に使う前提で“出力の安定加工”が施されます。これは、魔力を一定量に制御する技術です。しかし——」

「この石は、加工されていたにも関わらず、暴発した」


僕が口を挟んだ。


「つまり、加工を行った者が、その内包量を把握せず、“普通の魔石”と同じ基準で処理してしまった。

……その結果、魔力量が制御できず、魔道具に組み込んだ際に暴発した、というのが今回の推定です」

「そんな……」


ユリオが思わず椅子に沈み込んだ。アメリアも、静かに表情を曇らせている。


「誰も大きな怪我がなかったのは、不幸中の幸いでしたね……」


誰も、すぐには返事をしなかった。


(でも……)


僕の中には、恐怖よりも、別の感情が湧き上がっていた。


(この魔石が、なんなのかが知りたい)


不思議と、怖さはなかった。ただただ、知りたくなったのだ。

この石の中に、何があるのか。なぜ、ここまでの魔力を秘めているのか。


そのとき——静寂を破るように、クロードがぽつりと呟いた。


「……それにしても、悔しいですね」


僕たちが揃って視線を向ける中、彼は嬉しそうに、いや、やけに熱っぽく語り始めた。


「これほど興味深い魔石は見たことがありませんよ! この魔力量、そして臨界点を超えた挙動! ああ、なんて魅力的なんでしょう! ぜひ研究したい!」


前のめりになりながら、眼鏡の奥がキラキラと輝いている。


「なぜこの石が、ラヴェルナ家ではなくアーデン家の領地から出てしまったのか……運命のいたずらというには、あまりにも残酷!」


そこでクロードは、急に僕に向き直ると——


「いえ、でも! ノエル様がいずれリヴィアお嬢様とご結婚なさるなら、実質的にはラヴェルナ家のもの! むしろもう、こっちのものと申し上げて差し支えないのでは!?」


そして叫んだ。


「ノエル様! どうか一刻も早くご結婚を! その石ごと、我が研究所へお越しくださいませ!!」

「クロード!! なにを口走っている!!」


隣で聞いていた執事バルサックが、顔を真っ赤にして怒鳴った。


「お嬢様と早く結婚などと……下品にもほどがある!! お前というやつは!!」


バルサックはクロードをそのまま肩を掴んでずるずると引きずり、怒号とともに部屋の外へ連れ出していった。


(……なんだか、とんでもないことを聞いてしまった気がする)


ドアが閉まり、再び訪れる静寂。


場違いな騒動だったはずなのに、不思議と緊張がほどけた気がした。

そして僕は、心に決める。


「……僕は、この石の構造を、もっと調べてみたいと思います」


静かに、けれど確かな声でそう告げると、一同がこちらを見た。


「この石は、アーデン領の鉱山から採掘されたものです。過去にも同様のものが出ていた記録がありますが、解析にかける余裕がなかったそうです

アーデン家での採掘は最近始めた事業なので、過去取れた分は保管しているらしいですが、個数も増えてきたと。」

「つまり、今後も採れる可能性がある、ということか」


レオンの指摘に僕は頷いた。


「ええ。アーデン家としても、資産価値や国家的な影響を含めて、十分な把握が必要だと考えています。……まずは実家に報告し、その後は正式な研究案件として整理したい。来年からは、貴族院の研究室も使用可能になりますから、本格的な解析はそこから始めようと思っています。

それまではできれば内密にしていただけないでしょうか。」

「ふむ……それなら、一旦は我々は手を引くべきだな」


レオンが静かに言った。


「うむ。今の段階で広めるのは得策じゃない。必要があれば、そのときまた呼んでくれ」


ユリオもそれに頷いた。アメリアも、


「もちろん。私たちの口から、この件が出ることはありません」


と、きっぱりと言ってくれた。

僕は深く頭を下げた。


「……ありがとう、みんな」

「私にも……続きをお手伝いさせてください」


リヴィアの声が、その場に差し込まれた。

皆の視線が彼女に集まる。


「ノエル様だけでなく、私もこの件に強い興味があります。……できれば一緒に、解析を進めさせていただきたい」


そう言って見せた表情は、どこかいつもと違っていた。揺るぎなく、まっすぐだった。


(……リヴィア、どうしたんだろう)


今日の解析では危険性が読めなかったため参加には反対だった。

しかし、ある程度魔石の特徴がわかった今、魔石に詳しいリヴィアの知見は役に立つ。


しかしそれ以上に……リヴィアと一緒にいられる口実ができたことがとても嬉しかった。


「……もちろん。一緒に進めていけたら、心強いです」


喜びの感情を抑えつつ、笑顔でそう答えると、リヴィアが僕の顔を見ながら少し顔を赤く、顔を伏せた。その様子に、アメリアがふっと視線を逸らしながら、満足げにお茶を飲んだのが見えた。


「……というわけで」


僕は小さく息を吸い込む。


「来年、研究室を持つためには、まず今年のうちに卒業に必要な単位の半分以上取得しておく必要があります」

「つまり、卒業生並みに単位を取れと……?」


ユリオがげんなりした声を上げた。


「ええ。やるしかありません。全力で単位を取りに行くつもりです」

「なるほど。姫がようやく本気になるのか」


レオンの言葉に、アメリアが肩をすくめる。


「……そろそろ“姫”という呼び名も卒業なさったら?」

「まだ卒業には早いかと」


苦笑する声の中で、僕はふと、リヴィアの方を見た。

彼女は、少しだけ頬を赤らめて、アメリアたちのやりとりを見ていた。


(もっと、知りたい)


僕は思った。魔石のことも、世界のことも、そして——リヴィアのことも。

……まずは、単位だ。

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