18. 守られる違和感(リヴィア視点)
それから魔石演習の日になった。
事前の演習内容を確認した通り、通常の魔石を使った演習は、何の問題もなく終わった。
術式は滑らかに流れ、魔力の伝導も安定していて、理想的な実験結果だった。
「時間、まだ少し余ってますね」
「……せっかくですし、あの青い魔石、試してみませんか?」
ノエル様の提案に、一瞬だけ迷いがよぎった。けれど、あの魔石に対する興味は、それを上回っていた。
「ええ。やってみましょうか」
机の上で、魔石が深い青を灯す。
脈打つように、微かに。光が、揺れていた。
初めて見る魔石ということもあり、少し胸が高鳴っていた。
魔力の流れが組み上がり、術式が展開を始める。
ノエル様が魔導具に触れ、魔力を通す。
──その瞬間だった。
「……っ!?」
何かが、術式の中心で引っかかり、空気が裂けた。
時間が歪んだように感じた。
魔石が激しく明滅し、術式の中心が軋む音を立てる。
白い閃光が視界を灼き、次いで炸裂音とともに衝撃が走った。
(危ない──!)
動こうとした、その一瞬早く。
「リヴィア!」
強く、腕を引かれた。
背中に、ぴたりと何かが触れる。
気づいた時には、私はノエル様の腕の中にいた。
ぐっと抱きしめられる。その瞬間、世界がひっくり返ったような衝撃が、彼の背を打った。
「──っ!!」
耳を劈くような爆音。
風の刃のような魔力が、すぐ後ろで爆ぜたのを、肌で感じた。
それでも、私は痛くなかった。
ノエル様の腕が、全身を覆っていた。
硬く、強く、震えながらも、私を包んでいた。
「っ……ノエル、さま……?」
声が震える。
魔石の光が、断続的に点滅を繰り返していた。
まるで苦しむように、断末魔をあげているようだった。
──そして、すべてが静まった。
ノエル様が、そっと腕を緩めた。
「リヴィア、怪我は!?」
「……はい、大丈夫です」
「……よかった」
その安堵の声を聞いた途端、彼の身体がふっと揺れた。
「ノエル様! ご無事ですか!?」
まわりから、生徒たちの叫び声が上がる。ユリオ様やレオン様の姿も見えた。ようやく、自分たちが何をしていたか、状況を思い出す。
「そ、そうです……ノエル様、保健室……」
言いかけた私を見て、彼がふと、かすかに笑った。
「あなたに、怪我がなくてよかった……」
優しい声だった。まるで、すべてが終わったあとの幕引きのように。
そのまま、そっと目を閉じる。
意識が、すうっと抜けていくように、彼は私の腕の中に崩れ落ちた。
その光景が、どこかで見た悲劇の舞台と重なって見えた。
(……しっかりしろ、リヴィア!)
空想にふけっている場合ではない。
私は急いで術式を展開し、身体強化の魔法を使う。そして、ノエル様の身体をしっかりと抱え上げ、保健室へと駆け出した。
(私を、守る必要なんてなかったのに。なんで……)
*
保健室の空気は、外の喧騒とは打って変わって静かだった。白いカーテンに囲まれたベッド。淡く揺れる光。
そして、その中央で眠るノエル。
私はベッドのそばの椅子に座ったまま、両手を組んで膝の上に置いていた。
(……ノエル様の呼吸は安定してる。大きな怪我もなかったと聞いた。だけど……)
あの瞬間、魔石の中の魔力が術式に反発するのが見えた。
魔力の流れを感じ取れる分、私の方が絶対に早く気がつくことができたのだ。
(私が、もっと早く動いていれば……!)
握った手に、自然と力が入る。
そのとき、カーテンの向こうから足音が聞こえた。
「リヴィア嬢、ノエルの様子は?」
顔を出したのはユリオ。そして後ろから、レオンも静かに続いた。
「まだ、眠っていらっしゃいます」
私は小さく頷いて答える。
「にしても、いったい何が起こったんだ?
ノエルとリヴィア嬢のペアは、もう実験は終わっていたよな?」
ユリオがリヴィアに聞いた。
「……あの青い魔石を使用してみたんです。そしたらこんなことに」
「あの魔石か。確かに普通の魔石とは違ってたはいえ、こんなことになるか?普通。」
「そうですよね……」
「ユリオ、詳細はノエルが起きてから話そう」
レオンがユリオの会話を遮った。
ユリオも、それに同意したのか話題を変えた。
「それでも、すごかったよ」
ユリオが、ふっと笑って言った。
「即座に身体強化魔術をかけて、ノエルを担いで保健室まで全力疾走。すごかったよな? レオン」
「……ああ。あれほどの判断と行動は、なかなかできるものではない」
「──そんな……」
声が小さくなる。誤魔化すように目を伏せた。
「本当に……何もできなかったのに」
自分の判断が、果たして正しかったのか。ノエルに庇われてしまったことへの、罪悪感だけが残っていた。